2014年04月21日

福島の事故が変えた!『インド 反原発運動』DAYS JAPAN 5月号

昨日のNHKスペシャル「廃炉への道 放射能封じ込め"果てしなき闘い」
http://www.nhk.or.jp/special/detail/2014/0420/
これまでほとんど見ることの無かった、内部から見る廃炉への取り組みの様子が放映されていました。番組では高線量の原子炉周辺での作業が不可欠なこと、そのためのロボット開発等が紹介されていましたが、やはり衝撃だったのは、放送中何度も映されていた廃炉へのロードマップ。

40年という廃炉への道が歴史年表のように示されていましたが、これはあくまで順調に進んだ場合の予定。実際には22世紀に終わるのか、23世紀までほおっておかれることになるのか、まだ誰にも分かりません。

いま、日本からの原発輸出が政府の方針として着々と進められており、
インドもその一つです。もし、何らかの原因で原発事故が起きたときには、
彼らも同じようなリスクを負う事になります。

放射能の危険のみならず、廃炉に関する莫大なコストも輸出してしまって良いのでしょうか?また、事故が起きたときのコストを輸出側の日本が支払うことになった場合はどうでしょうか?

5月号【第10回DAYS国際フォトジャーナリズム大賞特大号】の表紙にもなった
第3位アミッタラジ・ステフェンの『インド 反原発運動』
撮影者本人が原子力省特区の出身です。

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『私はインドの最東南部にあるタミルナドゥ州のカヴァルキナル村の出身です。
父はチュチコリン重水炉発電所で働いていたので、
私は22歳まで原子力特区で暮らしていました。

周囲の人々からはいつも、核エネルギーは安全で、
未来を担っていると聞かされていて、彼らを信じていました。

2001年、クダンクラム原子力発電所(KNPP)の建設が、
村から18キロのところで始まりましたが、村人はほとんど関心を示しませんでした』

5月号本文より

しかし、3月11日の東日本大震災の後、状況は一変します。
2004年にインド洋津波を経験した彼ら。
日本で津波と福島原発事故が起きると、KNPPの付近の村でパニックが起きました。
その後、村人たちがどのように変わっていったかは、ぜひ本誌でお読みください。

国際環境NGO グリーンピース・ジャパンの招へいで今年2月に来日した、イディンタカライ村で反原発運動を率いるスンダラジャン・ゴマティナヤガム氏 の話も必読です。まわりの無理解にもめげず、ごく少人数でクダンクラム原発に反対する運動を続けてきたスンダラジャンさんの話は、私たちにきっと勇気を与えてくれます。

素朴な危機感こそが、正しい道筋を示してくれる。
原点を思い起こさせてくれる一枚です。

ぜひ、5月号をお読みください。

営業部
佐藤典子

◎昨年DAYS JAPAN はインド、トルコ、ベトナムの新聞・WEBに日本からの原発輸出に反対する意見広告を掲載しました。こちらのリンクからご覧になれます。
*The Hindu*
http://www.daysjapan.net/adpdf/thehindu.pdf
http://www.daysjapan.net/e/ad/index.html
*Viet Nam News*
http://www.daysjapan.net/adpdf/vietnamnews.pdf
*Hurriyet*
http://www.daysjapan.net/adpdf/turkey.pdf



posted by デイズジャパン at 12:27| Comment(0) | 営業部 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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