2014年03月20日

DAYS JAPAN 4月号【DAYS が伝えたイラク戦争】

2003年3月20日、イラクで戦争が始まりました。
今日が開戦から11年目です。
DAYS JAPAN が創刊される一年前、胸が押しつぶされるような思いで開戦のニュースを聞いていました。

いまでも思い出すと、あのときの悔しさがつい今しがたの出来事のように甦り、
みるみる歪んだ表情に変わっている自分に気が付きます。

4月号イラク戦争.jpg

もう、既に記憶の遠いかなたに置いてきぼりにしてしまったかのように、
イラク戦争への関心は、薄れきってしまったかに見えます。
けれどDAYS JAPAN とイラク戦争を切り離して考えることは、私には絶対できません。

あの時、何故、戦争は止められなかったのか?
なぜ、アフガニスタンで起きた数々の悲劇に、何も学ばなかったのか?
DAYS JAPAN 4月号の綿井氏の記事は、決して忘れてはならないものを突き付けてきます。

【DAYS が伝えたイラク戦争】
『幻の戦後 混乱と傷跡〜生と死の狭間で生きるバグダット市民』
フォトジャーナリスト・映画監督 綿井健陽


『1980年代のイランとの戦争、90年代の湾岸戦争、それに続く国連による経済制裁と、イラク人はフセイン政権の圧政と外国軍に翻弄され、長く戦争を日常として暮らしてきた。
・・・(中略)・・・
最大時約17万人がイラクに駐留していた米軍兵士も姿を消した。しかし、いま路上では、米軍に代わってイラク軍兵士や警察部隊が、無数の検問所を構えて警戒している。爆音や銃声は数として減ったとはいえ、いつどこで誰が狙われるか予測できない車爆弾"の爆発は、一瞬で日常を破壊する恐怖として定着してしまった。

一人ひとりの名とともに数えられ続けた4480人を超える米兵の死者と異なり、イラク人死者の公式なデータはないが、少なくとも18万人以上が犠牲になったと見られている(NGO「イラク・ボディカウント」14年3月10日時点』
4月号本文より

女性や子どもを含む実に多くの無辜の市民が、大国の論理のもと蹂躙され、
180,000人という漠然とした数字の中に生命もろとも押しつぶされてしまう。

そしてその押しつぶされた命の背後には、180,000という数をはるかに超える、
一人一人の言語に尽きぬ悲しみと怒りが、やり場のないままにくすぶり続けている。
綿井さんの記事の以下の部分に、私たちがどれほど現実に無頓着になってしまうのか、
その本当の恐ろしさが如実に顕れています。

『10年前に取材・撮影した人たちの写真を手掛かりに、
バグダット市民たちの「その後」を私は尋ね回った。
しかし、家族写真を見せて消息を聞くと、
「この人は死んだ」「彼は爆弾で殺された」など、
全員無事を喜ぶ再会は少なく、ため息が続いた。

再会できた人たちも銃撃や爆弾で何らかの負傷をしていることも多く、
「いま生きていること」がイラクでは最も重要で、
そしてそれは幸運な偶然に過ぎない、ということを私は悟った』

4月号本文より

ふと気が付けば、まるで機械のように、無機物のように、
人の悲しみに鈍感になっていってしまう自分の心。
それを突き付けられたようで、背筋がぞっとしました。

『イラク戦争がもたらした混乱と傷痕を抱えたまま、
イラクの人々は生と死を隔てる細い塀の上を歩くように、
今なお戦争の日々を生きている』

4月号本文より

戦争で失われるのは、遠い国に住む人の命だけではなく、
自分自身の心や魂かもしれない。
3月20日をわたしは決して忘れない。

営業部
佐藤典子










posted by デイズジャパン at 21:05| Comment(0) | 営業部 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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