2014年02月07日

2月号『編集後記』〜広河が「自発的隷従」について書いています。

いよいよ残すところ、あと2日となった東京都知事選挙。
首都が示す方向性の如何によって、経済面をはじめ、東京以外の地域でも
少なからず影響を受けることは明らかで、報道も日に日に過熱している感があります。

そんな中、「自分自身の意志で選択する」という当たり前のことが、
なんだか、今回の選挙の一番の要のような気がして、
最新号2月号に掲載された広河による『編集後記』の全文を掲載致します。

<編集後記>
 幕開けたこのあまりにも恐ろしい時代を、どのような言葉で言い表せばいいのだろうか、と何度も自問した。この国の今いる位置はどこなのだろうか。みんながそれを探している証拠に、映画「ハンナ・アーレント」が満員の盛況だ。

 アーレントはドイツ生まれのユダヤ人政治哲学者。ヒトラーの体制を支えたものを「凡庸な悪」と呼んだ。彼女はナチス・ドイツによるホロコーストの移送責任者だったアイヒマンが戦後イスラエルで裁判にかけられた際に、「私は命令に従っただけ」と繰り返すのを聞き、「凡庸な人間が忠実に仕事をすることが虐殺につながったのだとしたら、私たちもまた、アイヒマンになりえるのだ」と言った。彼女は同時に、それに与(くみ)したユダヤ人指導者たちも断罪した。アーレントは言う。「凡庸な悪」に巻き込まれる以外の生き方もできたのではないか、と。

 2013年12月21日に東京外大で開催されたシンポジウム「自発的隷従を撃つ」も、この時代を読み解く試みの一つだ。16世紀半ばにフランスで夭折(ようせつ)したエティエンヌ・ド・ラ・ボエシによって書かれた『自発的隷従』をもとに、さまざまな報告がなされた。シンポジウムのなかで傑出していたのは、沖縄の論者による苦渋に満ちた話だった。沖縄が今、本土の圧力により、ボエシの隷従論の中にある「民衆が自発的に隷従していく」という流れの中にいやがおうにも組み込まれ、本土の支配下で「自己植民地主義化」しているという。それに対する沖縄県民の抵抗は、本誌トピックスを見て欲しい。本土の人間は今や、「自発的隷従」にどっぷりつかって、自らの屈辱も見えなくなっているのか。

 私たちの政権は「特定秘密保護法」だけでなく「共謀罪」まで通そうとする。この時代を生き抜くためには、新しく選ばれた次期編集長は泥まみれになるかもしれない。あらゆる人間がそうなるだろう。そして転向者が続出し、潔く「自発的隷従」の道を選ぶ以外には、生き残る道はないから仕方がないと、自己弁護を始めるだろう。そしてかつては当たり前とされていたことを言い続けるだけで、私たちは「極左」というレッテルを貼られるだろう。

 この時代に新しく選ばれた次期編集長を支えていただきたい。この雑誌が異議を唱えている限り、共に支えていただくことをお願いしたい。なぜならこれは私たち共通の「生きる権利」を全うするための闘いであり、子どもたちを守る闘いであるからだ。(広河)


もちろん直接、都知事選と関連した文章ではないのですが、
「自分の意志で選ぶとは、どういうことなのか」がシンプルに伝わってくると思うのです。

ぜひ、ご一読下さい。
どうぞよろしくお願い致します。

営業部
佐藤典子


posted by デイズジャパン at 18:14| Comment(0) | 営業部 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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