2013年04月03日

「帰還の坑道」内容を少しご紹介いたします!

4月20日(土)発売の広河隆一小説「帰還の坑道」

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「一体、なぜDAYS JAPAN から小説を出すの?」
正直言って、はじめは私自身も少し疑問でした。けれど、先日上がってきたゲラ刷りでその内容を読み、すっかり考えが変わってしまいました。

『母なるテチスの海の胎内に、一億年もの間、生物の遺体が降り積もり、何百、何千メートルと堆積した。静謐な営みのなかに、白い大地は誕生を待っていた。父なるアラビア地塊は、何百万年という周期で、息を吸いこみ、そして吐きだし、それにつれ周辺の海底は、波の上に現われ、そして再び沈んだ。・・・・・・

・・・・・白い大地の支配者は、エジプト、ヒッタイト、ペリシテ、ユダヤ、アッシリア、バビロニア、ペルシャ、マケドニア、ローマ、イスラム、十字軍、トルコと移り変わった。侵略と同化と混血と改宗と離散が、限りなくくりかえされる。
やがてこの地は、「紫のくに」から「パレスチナ」という呼称に変わり、そのあと、イギリスとフランスの支配下に置かれる。そして両国は、いっさいの対立と紛争を、この白い大地にもちこんだ。・・・・』

【帰還の坑道】本文より/広河隆一著

これは「帰還の坑道」の導入部。瓦礫と化した街、困窮にあえぐ人々、無残に命を絶たれた子どもたちの写真を何度も目にしてきた私は、パレスチナという土地に、これほど壮大で豊かなイメージを抱いたことはこれまで一度もありません。本来、地球の生命力に満ち溢れた大地に諍いを持ち込んだのは、他ならぬ私たちであったにも関わらず、まるでそこが悲劇の大地であるかのように思い込んでいたのです。

物語はシリアのアパートの一室から始まり、ダマスカス街道を抜けてレバノン・ベイルートへ。シャティーラ難民キャンプ、パレスチナ人のアリが語る1964年のPLOの誕生。
DAYS JAPANの読者なら、その光景が自然と目に浮かんでくるのではないでしょうか?

『俺たちは、もはや一人たりともパレスチナ人を死なせるわけにはいかないのだ。ところが情勢はいよいよ悪化していて、1982年にはじまったパレスチナ人絶滅のための作戦が、仕上げの段階を迎えている。われわれの側のレジスタンスも継続しているが、こちらの作戦が一つ成功するたびに、敵はパレスチナ居住区への大規模な爆撃をくりかえしている。敵を一人殺すたびにこちらは何百人と殺されているのだ。・・・・・

なるほどこれはお前の問題ではないかもしれない。しかし俺たちはこの住民二十万人を即座に避難させたり、脱出させることのできる、もっと巨大なトンネルを必要としているのだ。敵の作戦は早ければ一年後に実施されるだろう。もしわれわれの工事が遅れれば、ここの住民二十万人は全滅することになる。それはヒロシマ規模の大虐殺を意味するのだ』

【帰還の坑道】本文より/広河隆一著

本格的な地質学の知識を絡めながら、物語は日本とベイルート、パレスチナ難民キャンプを縦横無尽に駆け巡ります。文中に挿し込まれる神話時代のエピソードの数々は、過去と現在の時間の壁を超えるための重要なエッセンス。爆撃・銃撃戦シーンは、ほぼ現地での経験のまま、何人もの実在の人物をベースに書かれた、広河以外誰も書きえなかった、ノンフィクションを超えた長編小説です。

お申込みはこちらのサイトから。
ご予約は4月20日までがお得になっています。
http://goo.gl/Nm0CC
または、
info@daysjapan.net (総務 都路)まで。

どうぞよろしくお願い致します。

営業部
佐藤典子


posted by デイズジャパン at 20:17| Comment(0) | 営業部 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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