2010年08月20日

編集長便り(2010年9月号)

この夏は「暑いですね」という言葉が挨拶になってしまった。私がこれまで一番暑い思いをしたのは、イラクの4回目の取材のときで、戦争直後の2004年5月から6月にかけてだった。バグダッドから南部のバスラに向かう道に吹き付ける風は、巨大なドライヤーの熱風を全身で受けるようで、あらゆるものを瞬時に干からびさせてしまうような威力を感じた。カメラのレンズに使用されているゴムも溶けはじめ、カメラも熱くて触れないほどだった。中のフィルムはよく持ちこたえたと思う。
英米軍の「誤爆」による犠牲者の取材のためにバスラに滞在し、そこからクウェート国境に向かった。ここはパレスチナ人作家ガッサン・カナファーニの小説「太陽の男たち」の舞台だ。難民となったパレスチナ人たちが、職を得るためにクウェートに密入国をはかる。彼らは国境の手前で給水車の空のタンクの中に身を潜める。金をもらって密入国を助ける運転手は、検問所を何とか早く通過しようとするが、役人のおしゃべりにつき合わされ、タンクは灼熱の太陽の熱にさらされる。ようやく通過した後、運転手がタンクを空けたらそこには死体があった。遺体をゴミ捨て場に下ろした後、運転手は叫ぶ。「なぜタンクを叩いて外に知らせなかったんだ」と。この作品はパレスチナ人が難民キャンプで呻吟(しんぎん)しながら、解放運動を開始していなかった時代に書かれた。しかし後にこの作品が映画化されたときは、内側からタンクを叩く音が、検問所のエアコンディションの音にかき消されて聞こえない、というふうに描かれた。この当時はパレスチナの解放運動が始まっていたが、世界中がそれを無視したのだ。2008年12月にガザが攻撃され、それ以来封鎖された状況が続く。今恐ろしい太陽の熱の下のガザで必死にタンクを叩く音がエアコンディションの音にかき消され、世界の人々の耳に聞こえないというべきか、それとも聞こえない振りをしているというべきか。(広河)


posted by デイズジャパン at 10:31| Comment(1) | 編集長便り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
この記事とは関係のないことなのですが・・・

今年になって、ふとしたことで、パレスチナやアフガニスタンについて興味を持ち、広河氏の著書を図書館で数冊借りて読み続けています。

私は、小学生の子供にも分かりやすく伝えたいと思い、パレスチナに関する絵本を探してみたのですが、見つかっていません。

パレスチナに関する絵本って出版されていないのでしょうか?

参考になる情報があれば、教えて頂ければ幸いです。
Posted by のりこ at 2010年08月20日 20:40
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