2009年07月07日

読者の声 2009年7月号no.8

まず、いつものことながら思うのは世界中のテーマの重いトピックが掲載されているので読む人にはとっては絶望感を感じえずにはいられないのではと思うのですが、その反面ある種の希望みたいなものをも同時に考えたりもします。というものやはり、たとえテーマが重くても自分が囲まれている世界の状況を知ることによって何ができるかを考えていけるのだと思うからです。
 
さておき、今回メインで際立ったトピックとしてイラクの日本大使襲撃とソマリア・タリバンの「敵」の姿だと思うのですが、日本のアメリカ追従政策としての自衛隊派遣とその法改正を改めて疑問に感じさせるトピックのように思います。

ただ一つ今回気になったことですが、19ページの写真のキャプションに「海賊は、援助物資を運ぶ人道機関の船を襲うことも躊躇しない。そのため、ソマリアの人々には食糧が届かない」とある箇所だけ、それまでの写真とそのキャプションと、また下の文章との整合性とのずれがあるのでは?と疑問に感じました。その箇所以外はどちらかと言えば「海賊」擁護と言いますか、その「海賊」に仕立てた一端は先進国にあるんだ、という論調なのですが、そこの19ページのキャプションだけそれまでの論調からずれるような、今度は「海賊」によって被害を被っている人々がいるということを指摘しています。もともと海賊という言葉自体がネガティブなイメージを与えかねないのに、この写真とキャプションを加えることで、「やはり、海賊はいかん!」という風にも捉えられるのではないかな、と感じました。

ただ、今こう考えながら文を書いているうちに、これも編集部の狙いで現地のあるがままの姿を載せようということで、「海賊」による現地人への必要な物資が届かないという二次被害を表現したかったのか?とも考えています。そして、そういった二次被害も含めて先進国のエゴに責任はあるのだと。「海賊」という言葉を使うことによって表現できることが限られてしまう、何かそういったものを感じさせるトピックでもありました。

非常に難しいですが、言葉の定義を考えさせられます。海賊という表現は結局西洋先進国、日本も含めたそれらの諸国が自らを被害者として使ってるに過ぎず、そして自らの利権拡大を正当化する上で都合の良い、また二項対立を生む表現であると考えます。西洋諸国がアラブや東洋を自らのネガとしてオリエントと呼んだ、同じものをこのトピックで感じました。

こういった海外への軍事拡大路線っていうのは、本当に現地人の反感を呼びテロと先進国で呼ばれる過激な活動や民族ナショナリズムを余計に刺激するものだと考えています。ちょうど昨年、ペシャワール会のNGOワーカーが殺害されたようにNGOに対する目も厳しくなるのでは?と考えます。

チョムスキーが今回指摘しているように、現地人による話し合いによる統治が一番で、それこそ平和に落ち着くのだと思います。本当に重要なのは基本的なもの、福祉や教育、食糧問題であって、軍事による解決というのは最終手段として自衛に徹する意味なら肯定できますが、それ以外はどうしても社会の成長に無理を強いるものなのでしょう。こう考えていくと、イラクやソマリア、タリバンの人々こそ自衛に回っているように見えます。国際法や国連決議に違反してまで進めた今回のイラク戦争、大量破壊兵器も見つからないと言われていますが、結局その最終的な責任やツケは誰が取るのか?そしてそういったチェックシステムなどどうなっているのか疑問です。

おそらく祝島の原発建設のこととも繋がっていくことでもありますが、住民自治、地方分権化を確立していくこと、中央集権への依存から離れていくことというのが日本のみならず、国際平和においても共通していくのだと思います。
発展途上国と呼ばれる国はこれからますます近代化の波が押し寄せることは必死だとおもあいますが、それこそアメリカ、日本を始め先進国が果たす役割はそういった統治システムを話し合いなり、提示していくことなのかもしれません。
(30代/男性)


posted by デイズジャパン at 12:56| Comment(0) | 読者の声 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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