2009年01月17日

バード・ストライク 広河隆一

ニューヨークで航空機に鳥がぶつかり、着水するという事件があった。
航空機に鳥が衝突する話は、私はイスラエルで知った。
テルアビブ空港に着陸する航空機は、地中海から進入するが、滑走路の手前にごみの大きな山があった。そこに大量の鳥が群がった。そしてこの鳥が航空機に衝突し、危険にさらされた。そこでイスラエルはさまざまな手を打った。群れるカモメが最も危険だったため、カモメが警戒を知らせる鳴き声を録音し、スピーカーで流した。するとカモメは逃げ出す。しかしこれではきりがない。結局ゴミは遠く離れた場所に捨てることになった。
 ところがイスラエル・パレスチナは、渡り鳥の航路にあたる。何十万、何百万という鳥が、ヨーロッパからアフリカへ渡るときに、この地を通る。地中海を直接飛ぶと羽を休められないし、嵐になると危険が多い。だから陸地沿いに飛ぼうとすると、東ヨーロッパから黒海の西岸を南下し、トルコを東に抜け、そこから再び南下して、シリア・レバノンから、パレスチナ・イスラエル・ヨルダンを通ってアフリカに抜ける。
鳥の渡りの経路を調べるために、ロシアから輸入したおんぼろレーダーが設置されている。それは、戦車の展示場所の中に設けられ、私はそこに一度入ったことがある。そこで調査しているのは、渡り鳥がイスラエルのどこを飛んでいるかである。群れは銀河のようにレーダーに映し出される。そしてこの群れが飛んでいる時間は、爆撃機は航行できない。バード・ストライクが発生するからである。マッハで飛ぶ戦闘機や爆撃機にぶつかるカモなどは、数トンの衝撃を与える。これで現実にファントム機が墜落していて、その破片もレーダー基地に展示してある。
 鳥の群れを調べるために、世界中のバードウォッチャーも動員される。私は渡り鳥の取材をしてテレビ番組にまとめたことがあるが、ある日、まる一日空を見上げていて、何も発見できず、夕方になってあきらめて帰ろうとして振り向いたとき、7000羽のコウノトリが静かに天空から降下してくるところだった。7000という数字はバードウォッチャーの団体に連絡して教えてもらった数字だ。
こんなときに航空機は危険にさらされる。
渡り鳥を撮影するときは、セスナ機のほうが扉をはずせるので便利なのだが、プロペラに鳥が衝突する可能性も高いからあまり接近できない。そのためときどきエンジンつきグライダーを使用した。エンジンで鳥の群れに近づき、そこでエンジンを切り、鳥が上昇するのと同じ上昇気流に乗って、鳥といっしょに上がっていくのだ。上昇気流に乗るときはがくんと機体が持ち上げられるのですぐ分かる。
 イスラエルは渡り鳥の研究が盛んで、ヨルダンやパレスチナの渡り鳥学会とも組んで、「渡り鳥に国境線はない」と合同研究をしていたが、それも第2次インティファーダまでだった。2000年にイスラエル右派リクード党のシャロンが「神殿の丘」にのぼり、パレスチナ人を挑発してインティファーダが起こり、やがてシャロン首相の右派政権誕生、そして2002年のヨルダン川西岸地区へのイスラエル軍大侵攻へと続いていく。
 ガザ地区は、渡り鳥の飛翔航路にあたる地中海岸にある。そしてガザの空爆は、渡り鳥がすべてアフリカへと渡り終わった12月に開始された。


posted by デイズジャパン at 11:03| Comment(3) | ガザ空爆 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
読んでいて、切なくなりました。

大好きな加藤登紀子さんの歌の一節を思い出しました。

「ああ 人は 昔むかし、鳥だったのかもしれないね。こんなにも、こんなにも、空が恋しい」

広河さんがいつかNHKラジオに出演してお話をされた時、中東での取材中、聴いていたとお話していたような覚えがあります。間違っていたらごめんなさい。

空を飛ぶ鳥にも、海を泳ぐものたちにも、地上に住む動物たちにも国境などないのに、人間だけが、勝手にこの地球上に線を引いているのですよね。
Posted by ymdakk at 2009年01月17日 14:13
ラジオで話したのは、多分、私がレバノン内戦のときに、近くに数百発の砲弾を打ち込まれて、そのとき加藤登紀子のこの歌をずっと聴いていたという話だったというように思います。そのときはとにかく恐怖の中で聴いていたのですが、日本に帰って聴き直したら、これが「愛」の歌だったと知りました。レバノンでは「生きることの切望」の歌のように聴こえていたのですが。
Posted by 広河 at 2009年01月19日 00:31
不躾に、うる覚えのまま書いてしまい、すみませんでした。コメントとして不適切だったかもしれません。ごめんなさい。
実は、あまり歌詞全体を覚えていなくて、この一節が、とても伸びやかなメロディーで、空に向かって希望を求めて叫んでいるように聴こえ、ここだけが強く印象に残っていたものですから。
登紀子さんの歌には、平和や命について歌ったものも多いので勝手に解釈していたかもしれません。
Posted by ymdakk at 2009年01月20日 05:57
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