2009年01月04日

今回の空爆について(森澤典子さん)

皆さま、新しい年が明けました。今年もよろしくお願いします。

昨年祖母を亡くし喪中だったため、新年のご挨拶は控えるつもりでいました。けれども年末から始まったイスラエルによるガザへの大規模な空爆が連日激しさを増し、辛い気持ちで年を越し、喪に服す思いは一層強くなりました。

でも私の気持ちを暗く重くしているのは、イスラエルによる空爆の事実だけではありません。この一連の出来事には大きなトリックがあり一般の報道も、政府の対応も、人々の反応もそのトリックに陥ったままであることが、状況を一層悲惨にしていることに心が張り裂けそうになるからです。

今回のイスラエルの空爆、そしてこのほど開始された地上での攻撃はイスラエルの言う『戦争』でもなければハマスのロケット弾阻止の大儀のためでもないことはイスラエルのこの60年間のパレスチナへの戦略をほんの少し学ぼうとすれば誰にでもすぐにわかるはずです。

小学生にだって。
これは戦争でもテロ対策でもなく、あきらかな侵略行為です。
60年前に始まったイスラエルのパレスチナ地方への侵略『NAKBA』の一環です。

ガザ側からロケット弾が打ち込まれる遥か昔からイスラエルによるこうした攻撃は姿かたちを変え繰り返されてきています。そして今回のガザへの大規模な攻撃は、周到に準備されたものでした。2003年夏ごろから突如として始まった封鎖の硬化。(それまでもパレスチナの人々にとってはイスラエルによる軍事封鎖のため移動も物資の輸送も著しく制限されていましたが、私たち外国人は交渉次第で出入りできました。それがそのころから国連職員、NGO、ジャーナリストが次々にガザに入れなくなり完全に封鎖されてしまったのです。)そして極めつけ、シャロン首相によるガザからの入植者撤退、世間に対しては平和的な行動のようにアピールされていましたが、入植地がなくなりいよいよ大規模な空爆を可能にし、準備を進めている気配がイスラエルによるガザへの激しい攻撃、侵略を予測させ、私の中に不気味な不安を掻き立てました。

この時7000人のガザの入植者を撤退するシャロン首相にブッシュ大統領は次のことを了解していたのです。
一、ほとんどすべてに近い西岸地区入植者の永久保存(約16万人)
二、イスラエル建国にともなうパレスチナ難民の帰還権の放棄
三、西岸に建てている隔離壁の建設
四、暗殺攻撃を含めた、パレスチナ抵抗勢力への攻撃
(このことはエリック・アザン『占領ノート』現代企画室の解説にも詳しく触れています。上記の訳はこの著書から引用しました。)

これまでどの米国大統領もイスラエルを擁護していてもパレスチナ難民の帰還権に触れることはありませんでした。それがブッシュ大統領は安々とその放棄を一方的に認め、さらに入植地を初めて認めた大統領に対し呆れ果て、その浅い判断による重い罪と、このため今後のしかかるパレスチナの人々の恐ろしい運命に、当時私たちは本当に落胆し、恐怖を感じたことを覚えています。またこの4つ目の暗殺攻撃を含めた攻撃の許可は今回の大規模な空爆の格好のステップとなりました。

それでもアフガン攻撃、イラク攻撃と次々に失敗し、米国民からもすっかり支持を失ったブッシュ大統領と、その大統領を支えてきたマスコミ、国際社会は、大きな反省と成長の元、イスラエルの暴挙は抑えられるだろうとどこかで楽観的な期待もしていました。
今回のような大規模な空爆を許さない国際社会の監視という抑止力が働くことを信じていました。

でもそんな期待はあっという間に吹き飛ばされました。
長期間封鎖され、食事も水も電気も仕事も失われつつあるガザの人々に対し、戦闘機、無人戦闘機(卑劣です)、戦車、軍艦を総配備してイスラエルは容赦なく攻撃をし、それを国際社会は止められずにいます。

そしてパレスチナ側からの抵抗は一切認めようとしません。イスラエルはロケット弾の発射区は攻撃せずに残しています。イスラエルの情報量、最新技術では、ピンポイントで人一人に絞って爆殺出来ますし、これまで何度もそれを行ってきています。でも、2006年のレバノンの時と同じ、核心は残し、ガザの歴史的建造物であるモスクや大学、マンションなど多くのものを攻撃し破壊し人々を犠牲にし続け、『パレスチナは人道危機にはない』と言い続けています。

いったいガザをどうするつもりなのでしょう。

先日知人が苛立ちながら私に質問してきました。
『どうしてハマスはロケット弾を撃ち込めば攻撃されることをわかっていて撃ち続けるんだ。』
その方は、イスラエルの攻撃は許されない、だけどハマスが攻撃を止めれば納まるのに・・・と心配していたようです。でもその言葉は私を深く傷つけました。困ったことに、こうした質問に答える的確な答えを探しても見つけることが出来ない自分がいました。パレスチナの状況は勘のいい人ならすぐに理解できるかもしれませんがほとんどの人は中に行って、パレスチナ側から世界を見てみないと理解するのは難しい。想像を絶する状況があります。

そして理解されない・・・ということが、本当に辛く孤立感や絶望感を生んでいます。私も以前は抵抗するパレスチナ側を批判していました。何故?と詰め寄ったこともありました。
でも闘わなくてどう生きたらいいのでしょう。私たちが食べないと生きていけないと同じくらいに、生きるために闘うしかなかったら。
そんな状況をどうやって私たちは想像できるのでしょうか。

パレスチナで聴いた言葉が今でも心に焼き付いています。
『信じてください。世界というものは、弱い人々の言葉を聞かないものです。』
食糧支援、教育支援、医療支援、金銭的支援
それらを命がけでやってもやっても人々が殺され続け、政治部門軍事部門と立ち上げ、それでも結局何をしても変わることの無かったパレスチナの状況を憂いながら、ハマスの幹部イスマイル・アブ・シャナブさんが涙をためて私に言った言葉です。

シャナブさんは2003年当時、イスラエルと闘っても軍事的にはかなわないことを私にはっきり言いました。
『共存しか道は無いのです。そのためにもまずはパレスチナ自治区内のイスラエルの軍事的政治的占領をやめてもらうことです。そして共存のための話し合いのテーブルにつくつもりです。』
シャナブさんは政治部門のトップで、インタビューをお願いするたびに繰り返し共存について発言しました。ラジオでも、日本のテレビ局向けにも発言していました。

でもそれは大々的には報道されず、シャナブさんは2006年夏、乗っていた車に対する戦闘機からのピンポイント空爆で爆殺されてしまいました。ハマスはイスラエルとの停戦に合意し、攻撃を止めている真っ最中でした。

その時私はイスラエル政府が望んでいることは共存でも占領の終結でもないことを知りました。停戦も和平など望んでいないことを。
それまでも、もしかしてそううかな?と思う節があっても、いや、まさか・・・と信じたい気持ちでいました。でもこの時知ったのです。
そしてシャナブさんの死を受けて、ハマスの残された人々は怒りに震え、停戦破棄を宣言しました。

『ハマス停戦破棄』は各紙大々的に報道され、ハマス側から停戦が破られた印象が世間を走りました。その後私もガザに入れることは無く、今のハマスの状況も、パレスチナの状況も本当には把握し切れていません。でもなぜ、新聞も報道のたびに「ガザを支配するハマス」と枕詞のようにつけるのか疑問は消えません。ハマスは、パレスチナの人々の選挙で勝ったアラファトを認めようとしないイスラエルと米国、国際社会の圧力により、国際監視団のもと正当な選挙で選ばれたパレスチナの第一党です。そうなったとたん、それを認めず、秩序を著しく乱しているのはイスラエル、アメリカ、そして私たちです。

マスコミに勤めている方たちにお願いがあります。
私たちの平和を望み、今の状況をペンの力で打開したいと思って記者になったのでしたら、マスコミにはその力があります。
でも記者のかたたちがいくらエルサレムに駐在したって占領地のことはわかりません。西岸やガザにもっと入ろうとして、ご自身の目で確かめてから記事にしてください。こんな時はガザに近寄り、どうしても中に入れない状況くらい自分でリポートしてみて欲しいと思います。

それからブッシュ大統領に声を届けることの出来る方にお願いがあります。
英雄になりたくてイラクもアフガンも経済もことごとく失敗してしまったブッシュ大統領に、あと一つだけ英雄になる方法が残されていることを誰か
伝えてください。残すところ後僅かな任期中にイスラエルの攻撃を今すぐストップさせることです。米国大統領の力において。
ブッシュ大統領にはそれが出来ます。
数々の失敗の後でも世界から尊敬され後世名を残す立派な大統領として幕を閉じることが出来るでしょう。

皆さんにお願いがあります。
私たちが今回の攻撃について正しく理解するためには少しでもいいので、イスラエルの建国から今に至る全体の流れを知ってください。
1月8日の試写会、ぜひいらしてください。また1月10日には子どもキャンペーンやアムネスティ、JVCなど日本を代表するNGOとともに、今回のガザへの攻撃に対して出来ることを模索し、イベントを企画中です。

何か良い案がありましたらお知らせください。パレスチナのことに関心が無かったり、あまり良く知らない方たちも巻き込んで出来る何かいい方法を探しています。詳細が決まりましたらまたお伝えします。

乱文、お許しください。

森沢典子
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「広河隆一アーカイブス・パレスチナ1948NAKBA」完成報告と試写会
長らくお待たせしました。DVD・BOX「広河隆一アーカイブス・パレスチナ1948NAKBA」は10月22日に日本語版全30巻(約45時間)の編集が終わり12月26日無事完成いたしました。(英語版30巻は来年2月ごろ完成予定)。NAKBA(大惨事=パレスチナ難民の発生)から60周年の今年にようやく間に合って、ほっとしています。そこでアーカイブス版完成報告と試写の会を以下の通り行いたいと
思います。お誘いあわせの上お申込ください。

日時:1月8日(木)18時40分開場 19時開演
場所:文京シビックホール・小ホール
(JR水道橋駅8分)http://www.b-civichall.com/access/main.html
プログラム:
アーカイブス版・序章(1時間17分)試写
「完成に寄せて」   板垣雄三氏(東京大学名誉教授・中東学会元会長)
「ここまでの道のり」 広河隆一(DAYS JAPAN編集長)
▲参加費▲ 
●一般 =1000円(参加費は当日会場で申し受けます)
●アーカイブス版製作募金寄付者・予約申込者    =無料
●『1コマ』サポーターズ会員(受付で申告してください)
  DAYS定期購読者(バッジ持参)           =500円
共催:DAYS JAPAN・広河隆一事務所
参加予約申込先:
《FAX》03−3322−0353 
《メール》hiropress@daysjapan.net
(ご予約の際、無料・割引対象者は「先行予約者」などの項目をお書きください)
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DVD・BOX「広河隆一アーカイブス・パレスチナ1948NAKBA」(30巻)は次の価格で受付しています。
個人視聴用:日本語版20万円、英語版20万円、日・英語版35万円 (税金・送料込み)
図書館用:日本語版30万円、英語版30万円、日・英語版 50万円 (税金・送料込み)
申込先:広河事務所(担当魚住)03−3322−0353 hiropress@daysjapan.net
郵便振替口座:加入者名 郵便振替口座:00160-4-76817 加入者名:HIROPRESS CLUB
(振り替え用紙に、ご氏名、ふりかな、住所、電話、メールアドレス、などをお書きください) 


posted by デイズジャパン at 21:38| Comment(0) | ガザ空爆 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

パレスチナに公正な平和を実現するためにあなたにもできる25の行動(抄訳)

ガザで起きていることに対して、何かしたい、でも何をしたらいいんだろう、何もできない、と思っているあなたに。私たちにも出来る25の行動のアイデアです。

全部が誰にでも今すぐ出来るわけではないけど、でも、出来ることもたくさん、あります。喪章はもっていないけど、クーフィーエは持っているので、明日から外出するときは、身につけます。


転送・転載歓迎
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パレスチナに公正な平和を実現するために あなたにもできる25の行動(抄訳)

1)事実を入手し、それを広めよう。

2)地元メディアに発信しよう。地元紙に投稿しよう。
活字メディア、音声メディア、映像メディアに、彼らの報道ぶりについて意見を書こう。

3)あなたの国の政治指導者に、攻撃を止めろとイスラエルに圧力をかけるよう要求しよう。

4)イスラエル大使館、エジプト大使館、可能なら国会前その他、目につくところでデモをしよう(メディアにも働きかけよう)。

5)ティーチ・イン、セミナー、討論会、ドキュメンタリー映画の上映会などなどを開催しよう。
単刀直入に。場所を決めて、会の性格を決めて、必要なら講師を決めて。宣伝も忘れずに(インターネットが効果的だよ)。

6)パレスチナとガザについて詳細を書いたチラシを撒こう。

7)自宅の窓にパレスチナの旗を掲げよう。

8)パレスチナのスカーフ(クーフィーエ)を身につけよう。

9)喪章をつけよう(いろんな人とパレスチナについて会話するきっかけになる)

10)国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)を通してガザに直接支援をしよう。
http://www.un.org/unrwa/

11)あらゆるレベルでボイコット、投資引き上げ、制裁を行おう。
イスラエル大使の送還を指導者に要求しよう。

12)イスラエルの指導者を戦犯法廷に引き出すために働きかけよう。

13)イスラエルの人々に、戦争省の前でデモをするよう呼びかけよう。
もっとダイレクトに、政府に抗議するよう呼びかけよう。

14)より多くの人に声を届けよう。ご近所や友人には直接、その他大勢にはインターネットで。

15)あなた自身の活動グループを立ち上げよう。
地元の既存のグループに参加してもいい。「パレスチナ」で検索すれば、すでに活動しているグループが分かるはず。

16)政府関係の事務所その他、政策決定者が集まるところで座り込みをしよう。

17)グループで平和のための1日断食をしよう。やるときは公共の場所で。

18)パレスチナに行こう。

19)パレスチナで活動に当たっている人権団体その他を支援しよう。

20)大きな立て看やポスターを作って、通りや人がたくさん集まるところに置こう。

21)地元の教会やモスク、シナゴーグ、その他宗教関係の場所を訪ねて、道義的立場に立って行動するよう要請しよう。

22)ガザのための請願書に署名しよう。
http://www.avaaz.org/en/gaza_time_for_peace/98.php?cl_tf_sign=1

23)ガザの人々にメールを送ろう、電話をかけよう。
彼らは外界の声を聴きたがっている。

24)政治的見解が違うグループとも協力しよう。
党派主義は戦争したがってる連中を利するだけ。

25)毎日、一定時間を平和活動のために充てよう(たとえば1時間)。
このリストに挙がっている以外の行動を考えよう。

おまけとして
26)ここパレスチナにいる私たちの誰でもいいから、現場で何が起きているのか、ライヴでレポートさせてもらえるよう、地元のラジオ局のトークショーやニュース記者に働きかけて。
posted by デイズジャパン at 13:28| Comment(2) | ガザ空爆 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

イスラエル空軍が爆破したトラックは、溶接用の道具を載せていたのか、それともハマスのグラッドミサイルの移送中だったのか?

アミラ・ハス ハアレツ紙 http://www.haaretz.com/hasen/spages/1052258.html

12月29日が終わろうとするころ、イスラエル防衛軍は、ホームページに次のような緊急の見出しを掲げた。「ジャバリヤ付近で武器を満載したトラックを攻撃」

小見出しは以下のように続いていた。「午後6時頃、イスラエル空軍はグラッドロケット数十発を載せたハマスのトラックを攻撃した」同記事によれば「トラックが積んでいたロケットが爆発し、あたり一面に破片が飛び散った。ロケットが移送されていた理由は、武装勢力がイスラエル空軍による武器貯蔵庫の攻撃を恐れていたため。またロケットをイスラエルに向けて発射しようとしていたためである」。

この記事には、イスラエル空軍が上空から撮影した、爆発の寸前までの2分間の動画がつけられていた。2台の車のあいだを動いている15ほどの白っぽい影が映っている。その手には3つの黒く、長い物体が握られており、白い影はトラックとおもわれるもの上にそれらの物体を置く。やがて2台目のトラックが出発するが、突然爆発音がし、炎が画面を覆う。目撃者が、爆発は上空の飛行機がもたらしたものだと述べる。

しかし、いくつかの人権団体の調査では、まったく違う証言がでてきている。

ベツァレムと人権のためのマゼン・センターによれば、このトラックは55歳のアハマド・サムールのもので、ジャバリア難民キャンプの彼の工房の横で今も焼けたままになっている。その隣には燃え尽きた酸素風船とナイフとケーブルがぶらさがっている。誰もトラックやそれらのものを動かそうとはしない。上空からすべてを撮影している当局が近づく者すべてを 爆破しようとするかもしれないという恐れからだ。

去る木曜日にサムールは言った。「すべては現場に残されたままだ。我々は死体だけを動かした」攻撃の起きたちょうど3時間前、サムールの娘が告げた。地元のラジオ放送で、サムールの工房の隣の家が爆破されたと聴いた、と。サムールはすぐに息子と数人の隣人や家族とともに自分のトラックに乗り込み、被害を確認しに工房へ向かった。隣接した家は彼の工房の上に崩れおちており、彼らは衝撃を受けた。そして盗まれないよう、高価な道具をすべてまとめて運び出すことにした。最初はドリル、溶接機、秤、その他の道具、それから調理用ガス風船を持ち帰った。それから残っているものを梱包するために、彼らは工房に戻った。溶接に使われる6つの酸素風船のうち3つと、ベンジンの入った缶2つ、ディーゼルの入った缶2つだ。サムールの息子、イマードは道具類をトラックに詰め込み、義理の兄は溶接用電極パック50組を自分の車に載せて出発した。サムール自身は通りの反対側に立って、燃えている近くの家からの埃を肺に吸い込んでいた。トラックに物を載せている若者たちを見て、蜂の巣にいる働き蜂を思い出した。彼の記憶によれば午後5時になる直前のことだった。

サムールの話だ。「突然私はトラックの隣で何か光るのを見た。トラックから火が燃え上がり、爆発音がした。私はその爆発の方に向かって走り出した。近くまできて、煙が晴れて、死体が見えた。そのうち一体は私の息子イマードのものだった。私は気絶した。目を覚ましたあとに、イマードと手伝っていた7人の若者は殺されたということを聞いた。」
ハアレツ紙との電話でサムール氏は次のように述べた。「彼らはハマスではなく、私たちの子供たちだった。名前を言える。イマード・サムール 32歳。アシュラフ・アル・ダバール 30歳。マハムード・ラバヤン 15歳。ラーミ・ラバヤン 23歳。アハマド・ヒーラ 19歳。ムハンマド・マハディ 17歳。ウィッサム・エイド 14歳。ムハンマド・ハベール 20歳。また4人が負傷し、うち2人は重傷だ。ビラール・ラバヤン 19歳。その弟 16歳。」

サムールは言った。「イスラエルには専門家とか利口な奴らがいるだろう。来て俺のトラックと酸素風船を吟味すりゃいいんだ。グラッドミサイルとかそんなものじゃないことを見て確かめるべきだ。イスラエルのあんたたちはグラッドミサイルをいっぱいに載せた大きなトラックが燃やされたと言ってるが、来て自分たちで確認してほしい」

映像に映っているのは対象となったトラックなのか、ハアレツ紙がイスラエル軍の広報官に尋ねた所、次のような返答を得た。「トラックの荷は、武器やロケットを保管していた建物から出されたものだ」その建物がカッサムロケットの製作と発射に使われているということをガザの誰も否定していない。しかし、イスラエル空軍(彼らの持つ軍事的重要性はどんなときでも不明瞭だ)によって攻撃されたものはたくさん存在している。たとえば、ラファのシャブラ難民キャンプのグラウンドの真ん中にある小さな、空っぽの建物。これは2日前にイスラエル空軍によって爆破され、2人が死亡した。

マゼン・センターによれば、終わることのないイスラエル空軍の攻撃のせいで、攻撃対象となったものが軍のものが一般市民のものかを見極めるのが、きわめて難しくなっている。

(訳:青柳 泉)
posted by デイズジャパン at 01:53| Comment(0) | ガザ空爆 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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