2009年01月03日

フランス トゥールーズ郊外での上映会へのメッセージ

トゥルーズの「パレスチナ1948NAKBA」上映会に集まった方々へ

私は1967年にイスラエルで、廃墟となったパレスチナ人の村に出会って、この問題のことを知りました。それから1982年のレバノン戦争や、2002年のイスラエル軍のパレスチナ自治区再占領やジェニン事件などを取材し続けてきました。

私はこの40年間に平和のチャンスはいよいよ遠のいていると感じています。昨日より今日、確実に悲劇は拡大しています。60年前、パレスチナ人の土地にユダヤ人の国が作られたとき、ユダヤ人指導者たちは、パレスチナ人をこの土地から追放することなくしては、新興イスラエルは維持できないことを確信していました。そしてパレスチナ人の村からの追放と、村の破壊をセットにした作戦(D計画)が、70万人以上と言われる難民を生み出しました。この基本的なイスラエルの考えは今も変わっていませんし、NAKBAはその後も継続されました。

入植地が建設されるごとに、また隔離壁が建設されるごとに、そしてパレスチナ人の市民の上にミサイルが投下されるたびに、イスラエルは自ら平和のチャンスを失ってきました。イスラエル政府は、自国のユダヤ人市民の安全のためにこうしたことが必要だと説明してきましたが、実際は自国民をも危険な状態に追いやっていることに気がつかないのです。

1948年のパレスチナ難民発生とイスラエルの誕生から60年目に当たる2008年の終わりに、私たちはまた新たなNAKBAに出会うことになりました。何よりも残念なのは、おびただしい死者が出ているのに、世界はガザからのロケット弾の発射とイスラエルの空爆を対等に報道しています。イスラエル人の死者の数十倍、数百倍ものパレスチナ人の犠牲者が出ても、これが2つの軍事勢力のぶつかりあいだとみなそうとしています。それよりもこの問題がなぜ起こったかを考えようともしません。
ガザで起こっていることを理解するためには、今から60年前のNAKBAを知ることが絶対に必要なのです。

私は今NAKBAのアーカイブス版を編集しています。2月に完成するこのDVDは30巻45時間の記録集成になります。今こそ、ユダヤ人もパレスチナ人も、そして世界の人々が、NAKBAの歴史を共有し、そしてその上でこの問題の解決の道を語らなければなりません。
私の映画が、パレスチナ問題の理解のために役立てば幸いです。

2009年1月3日
広河隆一


posted by デイズジャパン at 20:49| Comment(1) | 編集長便り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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