2009年01月22日

アミーラ:マアアン・ニュースのジャーナリスト、銃撃を逃れ、自宅に隠れて死にかけている少女を発見

アミーラ:マアアン・ニュースのジャーナリスト、銃撃を逃れ、自宅に隠れて死にかけている少女を発見(マアアン・ニュース)
原文:http://www.maannews.net/en/index.php?opr=ShowDetails&ID=35083

2009年1月18日 14時52分

ガザ-マアアン
 治療も受けていない15歳のアミーラの傷口から、2日間出血し続けていた。アパートに父親と2人の弟の死体を残し、彼女は自宅から逃げてきたのだった。
 建物の中に隠れていた2日間、手おけ一杯の水があっただけで、毛布も救急箱もなかった。アミーラが逃げ込んだのは、マアアンのジャーナリスト、エマード・エイドの家だった。
 エマードは、家族を、ガザ市内の比較的安全な地域に逃がしていた。そしてイスラエルの戦車がテル・アル・ハーワから撤退した時、被害の実態を確認しようと自宅に帰ったのだった。すると、食料も水も寝具もない空っぽの家の中で、アミーラが血を流していた。

<エマード・エイド>
「どうやって爆弾から自分の身を守ったの? 怪我してたった1人で二日間も隠れている時、戦車の音を聞いてどうしていたの?」とアミーラに聞いた。
 しかし彼女は答えられない。アミーラにはその余力も勇気もないのだ。生き残る勇気だけはあったのだが。医療チームが診た時には、アミーラには5袋分の血液しか残っていなかったのだ。
父親と2人の弟が目の前でどのように死んだか覚えているかなんて聞けない。
 母親は、家族が皆死んでいると思っていた。その母親に抱かれて喜びにあふれ、祝福されているというのに、死者のことなど聞けるものか。
 医師たちは、私に話した。小さな女の子にとって、たった5ユニットしか血がなくなってしまうということはどういうことかを。彼女は生と死のはざまにいたのだと。アミーラに、どこから生きる力を得たのか聞いてみたい。
 15年しかまだ生きていないのに、死に、爆弾に、戦車の轟音に立ち向かう勇気を持たなければならないなんて、アミーラ。
 母の寝台の上にいるアミーラを見つけたとき、彼女は「許可なくあなたの家に入ってしまってごめんなさい」と私に言った。血まみれで、頬には涙の流れた跡があった。詫びの言葉などどうやって口にできたのだろうか。
 私は家族と共にその地区を離れたのだった。家の前を戦車が通るところを見たり、窓に銃身が向けられることを恐がったりしてほしくなかったのだ。だがアミーラはそれらを見たのである。私が見つけたときアミーラは眠っていた。もしくは、医師たちが言ったように、生と死の狭間をさまよっていた。私が起こすと、アミーラはこう言った。「叔父さん、どうやってあなたの家に入ったのか覚えていないの」と。「彼らは目の前で父と弟たちを殺してから私に爆弾を投げたので、足を怪我しました。そこから走って逃げたのですが、また爆弾を投げてきました。当たりませんでした。それから、あなたの家の扉が開いていたので入り、あたりの音を聞きながら一人でベッドの上にいました。聞かれるかもしれなかったので、怪我のことで叫んだり、泣いたりはできませんでした」

 アミーラは破壊された自宅から逃げた。神が彼女に与えた命を求めて逃げた。
 アミーラの残された家族は、家が爆撃されたとき父親で42歳のファーティ、それに弟のエスマット12歳、アラ11歳と一緒に彼女も死んだと思っていた。家族は、自分たちがアミーラの体の破片だと思ったものを埋葬していた。
 私たちがアミーラをアシュ・シファー病院に急いで運んだ前日に、アミーラの母親はファーティとエスマット、アラを埋葬したのだ。彼女はアミーラがまだ瓦礫の下敷きになっていると思った。
 話を聞いてアミーラの母親は病院に駆けつけた。たくさんの涙を流した。アミーラの叔父たちは神を称え、アミーラの命を救った奇跡について感謝した。
(訳:青柳泉)


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1月21日東京新聞(文化面)

東京新聞_0121.jpg

1月21日(火)の東京新聞文化面「大波小波」に「NAKBAアーカイブス」が紹介されています。
池田香代子さんの「パレスチナは満州」という言葉もあります。
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2009年01月20日

イスラエル国首相宛て手紙(NPO法人アウシュヴィッツ平和博物館)

福島県・白河市にあるNPO法人アウシュヴィッツ平和博物館がイスラエル大使館に送った声明文です。
http://www.am-j.or.jp/index2.htm


イスラエル国首相
エフート・オルメルト様
 イスラエル軍によるガザのハマス掃討攻撃によって、罪のないパレスチナの一般市民多数が巻き添えとなっていることは、大変遺憾であり、強く抗議します。イスラエル軍の攻撃規模は、もはや自衛行動の範囲を完全に逸脱し、たとえ防衛でも過剰防衛であると言わざるを得ません。同時に、私たちは、ハマスによるイスラエル市民へのロケット攻撃も批難します。私たちは、あらゆる暴力行為に反対です。暴力の応酬は拡大し、たとえハマスを倒しても別の抵抗組織が生れ続けるのは明らかです。これ以上の犠牲者を出さず、真の和解と共生を実現するために即時攻撃を中止するよう要請いたします。
 私たちは、世界の恒久平和を切に願い、人類が同じ人類に対して行った暴力行為の極限である「アウシュヴィッツ」の惨禍を通して「いのち」の尊さを学び伝える活動を行っています。アウシュヴィッツは、ナチス・ドイツによる戦争犯罪の極致であり、その犠牲者はポーランド民衆からはじまって、ナチス占領下のヨーロッパ諸民族、最終的には、圧倒的多数のユダヤ系市民の尊い命が奪われました。私たちは、アウシュヴィッツを全人類への警告として心に刻みながら、あらゆる戦争の根元、また、アウシュヴィッツの根元でもある「差別と偏見」を除去し、人種や文化、思想信条を異にする他者を尊重する社会の実現を目指しています。
 「戦争の原因は私たちの心の中にある、戦争を防ぐには私たち自身の心の中に平和の砦を築かなければならない」というユネスコ憲章の精神に基づき、私たちはアウシュヴィッツの記憶を学び伝える博物館を通して平和推進活動を行っています。アウシュヴィッツ最大の犠牲者の子孫が、今や圧倒的に優位な武力によって、明らかに弱体である隣人の命を奪い続けていることを、アウシュヴィッツで亡くなった方々はどう思われるでしょうか? ガザへの攻撃を即時停止し、パレスチナ人との和解と共生に努めるよう重ねて要請します。

2009年1月1日
NPO法人アウシュヴィッツ平和博物館
理事長 山田正行
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2009年01月18日

白リン弾の恐怖

(BBCのインターネットサイトで伝えられたニュース Eyewitness: Gaza's medical crisis の抜粋です)
ガザのシーファ病院にいる医師アブ・シャバーン氏(英国に本部のある慈善団体の援助でガザにいる医師です)の話です。原爆直後に治療にあたっていた医師の話を読んだことを思い出します(青柳)

http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/7830302.stm

ここでもう25年働いていますが、こんなことにはかつて遭遇した事がありません。 市民に、2−3歳のこどもに、こんなに負傷者が出たことは未だかつてありません。 人数に関しても傷の度合いに関しても、です。我々にはいま到着しているあれだけの患者を治療するだけの力はありません。だから、エジプトとの境界が開いたら、即座に治療が最も困難な重症患者をむこうへ送り、比較的治療が困難でない患者はこちらにとどめるのです。ここはいま地獄のようです。家が上から崩れてきたり、砲撃を受けたり燃やされたりして、家族という家族がすべて苦しんでいます。本当に悲劇です。我々のところには奇妙なやけどを負った患者がたくさん入ってきています。いままで我々が処置してきたようなものとは全く異なる、ふかいやけどです。傷口からひどい化学物質の異臭を放っています。この傷は長い間煙をだします。塩と水で洗おうとすると何らかの反応が起きて皮膚から泡が出ます。そして患者はひどい痛みを訴えます。また皮膚組織が重く破壊されている場合もあり、腕全体を切断しなければなりませんでした。
我々にはどういう治療をすべきかわからないのです。主な問題はどういう兵器が使われたのか、我々にはわからないということです。ノルウェーから来ている医師がいて、白燐弾ではないかといっていますがはっきりとはわかりません。もしそうだとしても、我々には経験がなく、白燐弾による傷にどう対処すべきかわかりません。我々は世界中の医師の助けを求めています。どういう兵器がこれらの傷を起こさせ、どう対処すべきなのでしょうか?傷から出てくる化学物質の臭いは、医療チームに有害でしょうか?長期的な影響はなんでしょうか?
我々には見当もつきません。何が言えるというのでしょう?患者を安心させようと我々はしているのですが、どうしようもありません。
私はもう36時間一睡もしていません。管理者ではないので、こういう状況であとどのぐらい人々を治療しつづけられるのかわかりません。最低限の供給しかなくとも私は永遠に働くつもりです。攻撃が続く限り働きます。そうしなければならないからです。

(青柳泉訳)
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2009年01月17日

バード・ストライク 広河隆一

ニューヨークで航空機に鳥がぶつかり、着水するという事件があった。
航空機に鳥が衝突する話は、私はイスラエルで知った。
テルアビブ空港に着陸する航空機は、地中海から進入するが、滑走路の手前にごみの大きな山があった。そこに大量の鳥が群がった。そしてこの鳥が航空機に衝突し、危険にさらされた。そこでイスラエルはさまざまな手を打った。群れるカモメが最も危険だったため、カモメが警戒を知らせる鳴き声を録音し、スピーカーで流した。するとカモメは逃げ出す。しかしこれではきりがない。結局ゴミは遠く離れた場所に捨てることになった。
 ところがイスラエル・パレスチナは、渡り鳥の航路にあたる。何十万、何百万という鳥が、ヨーロッパからアフリカへ渡るときに、この地を通る。地中海を直接飛ぶと羽を休められないし、嵐になると危険が多い。だから陸地沿いに飛ぼうとすると、東ヨーロッパから黒海の西岸を南下し、トルコを東に抜け、そこから再び南下して、シリア・レバノンから、パレスチナ・イスラエル・ヨルダンを通ってアフリカに抜ける。
鳥の渡りの経路を調べるために、ロシアから輸入したおんぼろレーダーが設置されている。それは、戦車の展示場所の中に設けられ、私はそこに一度入ったことがある。そこで調査しているのは、渡り鳥がイスラエルのどこを飛んでいるかである。群れは銀河のようにレーダーに映し出される。そしてこの群れが飛んでいる時間は、爆撃機は航行できない。バード・ストライクが発生するからである。マッハで飛ぶ戦闘機や爆撃機にぶつかるカモなどは、数トンの衝撃を与える。これで現実にファントム機が墜落していて、その破片もレーダー基地に展示してある。
 鳥の群れを調べるために、世界中のバードウォッチャーも動員される。私は渡り鳥の取材をしてテレビ番組にまとめたことがあるが、ある日、まる一日空を見上げていて、何も発見できず、夕方になってあきらめて帰ろうとして振り向いたとき、7000羽のコウノトリが静かに天空から降下してくるところだった。7000という数字はバードウォッチャーの団体に連絡して教えてもらった数字だ。
こんなときに航空機は危険にさらされる。
渡り鳥を撮影するときは、セスナ機のほうが扉をはずせるので便利なのだが、プロペラに鳥が衝突する可能性も高いからあまり接近できない。そのためときどきエンジンつきグライダーを使用した。エンジンで鳥の群れに近づき、そこでエンジンを切り、鳥が上昇するのと同じ上昇気流に乗って、鳥といっしょに上がっていくのだ。上昇気流に乗るときはがくんと機体が持ち上げられるのですぐ分かる。
 イスラエルは渡り鳥の研究が盛んで、ヨルダンやパレスチナの渡り鳥学会とも組んで、「渡り鳥に国境線はない」と合同研究をしていたが、それも第2次インティファーダまでだった。2000年にイスラエル右派リクード党のシャロンが「神殿の丘」にのぼり、パレスチナ人を挑発してインティファーダが起こり、やがてシャロン首相の右派政権誕生、そして2002年のヨルダン川西岸地区へのイスラエル軍大侵攻へと続いていく。
 ガザ地区は、渡り鳥の飛翔航路にあたる地中海岸にある。そしてガザの空爆は、渡り鳥がすべてアフリカへと渡り終わった12月に開始された。
posted by デイズジャパン at 11:03| Comment(3) | ガザ空爆 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「パレスチナに自由を!」−ユダヤ人女性

ユダヤ人の女性たちがトロントのイスラエル領事館を占拠。
「パレスチナに自由を!」と叫ぶ。

http://www.youtube.com/watch?v=ln0zFRg0kRU
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2009年01月16日

国際連帯運動(ISM)による情報

国際連帯運動(ISM)http://palsolidarity.org/による情報です。

ガザ市のアル・クッズ病院に避難しようとしている家族をイスラエルは狙撃している。パレスチナ人と外国人のボランティア達は、家族たちが病院に入れるよう病院の外の通りに出ている。
オーストラリア人の人権活動家シャロン・ロックは、病院で医療チームを助けている。「イスラエルの狙撃兵が病院にたどりつこうとしている家族達を撃っている。彼らは怯え、行き場がどこにもない。少なくとも2家族が撃たれ、子どもたちが怪我している。
ガザ市内、テル・アル・フーワ地区のアル・アクサ病院は、午前1時半からイスラエル軍による攻撃を受けている。

病院は4度砲弾を浴びせられた。中にいる外国人ボランティアたちによると、イスラエル軍は建物を包囲して人が出入りできないようにしている。

病院は150回以上もの助けを求める電話を受け取っている。負傷し、治療を必要としている多数の子どもたちからのものもふくまれる。
イスラエル軍は病院を包囲し、誰も入ったり出たりすることができない。誰もこれらの子どもたちのところに行くことができない。

原文:http://palsolidarity.org/2009/01/4336

(訳:青柳 泉)
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2009年01月13日

ガザの写真

森澤典子さん経由で送られてきたガザの写真です。
http://www.elfarra.org/gallery/gaza.htm
posted by デイズジャパン at 15:09| Comment(3) | ガザ空爆 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月12日

【感謝】1月8日NAKBAアーカイブス版完成報告・試写会

広河隆一監督のアーカイブス完成報告・試写会が
1月8日(木)文京シビックホール小ホールで開催されました。
http://daysjapanblog.seesaa.net/article/109857309.html
370人定員の会場がみごと「超満員」となり、「ガザを何とかしたい!」という熱い想いが溢れんばかりに集結しました。

19時開演後、すぐに美しい音楽で上映(序章)が始まりました。
打楽器と、オルゴールのような音色にあわせて流れる映像や言葉は、
ゆっくりと、しかし深く深く語りかけてくるものがありました。
テレビのブラウン管の中で見ていたものが、確実に心を突き抜け、熱い想いを呼び起こす77分となりました。

休憩時間では、予想以上の来場者のため、急きょ可動椅子を設置しました。
第2部のスピーチでは、森澤典子さん、元東京大学名誉教授の板垣雄三さん、池田香代子さん、広河隆一がリレーのたすきを渡すように、それぞれの想いを順番に届けていきました。

事前準備から当日の運営は、ボランティアの方に大きく支えられました。
最後のエンディングロールの長さも、今まで見たことがない膨大な長さで、
この大事業を完成させる上で、どれほど多くの方々の手がかけられたか、圧巻でした。

人々の想いが後押しし、形になっていく。
それがある限り、無限の可能性を信じていきたいと思いました。

板垣さん、森沢さん、池田さん、広河監督の発言要旨は、近日中にブログにアップします。
posted by デイズジャパン at 22:45| Comment(5) | NAKBA (ナクバ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

メディアとガザ報道

ガザ報道に携わるメディア関係者及び
その報道に接する人々へ

私はこの40年間、中東問題を専門に取材・発表してきました広河隆一といいます。岩波新書「パレスチナ新版」、「広河隆一アーカイブス・パレスチナ1948NAKBA」DVD(30巻・45時間)を発表し、月刊誌「DAYS JAPAN」の編集長をしています。
私は今回、メディアのガザ報道について、看過できない点が多くあり、大勢の人々が亡くなっている事件でもあるため、それについて私の意見を申し上げたくて、この文章を書きました。

1 イスラエルによるガザ攻撃の原因はハマスが作ったという報道について。
「ハマスは自爆テロで90年代から数百人のイスラエル人を殺害、ガザからイスラエルへのロケット弾攻撃をくり返し、イスラエル軍の報復攻撃を招いた」(朝日新聞2009年1月6日 時時刻刻 きょうがわかる 「なぜガザを狙ったのか」)
2  地球防衛家のヒトビト(朝日新聞4コマ漫画2009年1月8日)
内容は、まず小さな子が大きな子に「コノヤロー ポカ」と殴り、次のコマで大きな子が「あっ いてー やったなー おかえしだーっ ポカ」と殴り返し、それを大きな子の父親が見て「ワッハッハ」と笑い、3コマめでその父親が「相手が手を出してきたら100倍にして返してやれ」「ワッハッハ」と笑い、4コマめで、ポカポカ殴り続ける大きな子とあおる父親を見て、「まるでアメリカとイスラエルのような親子だな」と夫が言い、妻が「笑ってないで止めてやりなよ」というと言うものです。
この漫画はよくできていると思いました。しかし最初に手を出すのが「パレスチナ側」と描かれています。

こうした考えは、朝日新聞だけでなく、ほとんどのメディアに共通しています。イスラエルは自爆攻撃やロケットの攻撃で大変な犠牲を払い、たまりかねて今回の空爆と侵攻に及んだ、となっています。しかし事実はその通りなのでしょうか。アメリカ政府も「ロケット弾攻撃が中止されない限り、イスラエルは攻撃を停止する必要がない」と言ってきました。
朝日の解説記事では、自爆攻撃がハマスのせいのように書かれていますが、実際のところ自爆攻撃はハマスだけでなく、ファタハやそのほかの勢力によっても行われました。
またそれらの自爆攻撃も、いつも理由なしに殺戮を目的として行われているわけではありません。日本のメディアは「自爆テロ」と呼びますが、「自爆テロ」という言葉は、日本の造語で、英語では「自爆攻撃」「自殺攻撃」と呼びます。攻撃対象が占領地の中のユダヤ人入植地や検問所のイスラエル兵であった場合などは、海外では「テロ」とは呼ばない場合が多いのです。もちろん市民を対象とした自爆攻撃も多くあり、それがテロであることは言うまでもありませんが、その引き金をイスラエルが引いた例も多くあります。つまりパレスチナ側がイスラエルに殺害されて、その復讐で自爆攻撃を行った場合が多いのです。
だからイスラエル人が一方的にハマスの暴力にさらされてきたという解説のし方は、占領という暴力の中で、大勢のパレスチナ人が殺害されてきた事実関係を調べていないことになります。

次にロケット攻撃の問題です。今回のガザ攻撃の理由となったのが、ハマスのロケットであると、各紙、テレビ局が報道しています。しかしイスラエルがロケット攻撃を一方的に浴びたかのような朝日新聞の解説に反して、ガーディアン紙、AFP通信、ロイター通信などは、砲撃がイスラエル軍の挑発によるものだった例を報じています。たとえばAFP通信を紹介しましょう。
「イスラエル軍が(2008年11月)4日夜から5日朝にかけてガザ地区に侵入し、ハマスと戦闘になり、ハマス6人が殺害された。その後イスラエル軍の空爆により、ハマスにさらに5人の犠牲者が出た。ハマスは4日から5日にかけて、ガザ地区からイスラエル南部に向けて、ロケット弾と迫撃砲弾合わせて53発を発射したと発表した」(2008年11月5日、AFP通信)
「(2008年12月)23日夜にパレスチナの戦闘員3人がイスラエル軍に射殺されたことを受け、パレスチナ自治区のガザ地区を実効支配するイスラム原理主義組織ハマスなどが、23日から24日にかけて、イスラエル領内に向けてロケット弾70発以上を発射した。イスラエルとパレスチナ当局者によると、ロケット弾の一部はガザの北13キロのイスラエル・アシュケロンの住宅などに着弾したが、負傷者はいない」(2008年12月25日、AFP通信)
 
ではロケット弾で、イスラエル側に大変な犠牲が出ているために、今回のガザ攻撃が行われたかのように伝えられている点については、正しいのでしょうか。それほどハマスのロケット弾はイスラエルに多大な犠牲を与えたのでしょうか。

パレスチナ側の犠牲者について述べると、2006年1月のガザにおけるハマスの政権支配以降、今日のガザ空爆直前までのイスラエルの攻撃によるガザのパレスチナ人死者数は、446人です(英ガーディアン紙)。一方のイスラエル側は、ロケット弾でどれだけの犠牲者を出したのでしょうか。
 同じ時期、2006年1月以来、今日のガザ空爆直前までのガザからのロケット弾によるイスラエル人の死者数は、イスラエル首相官邸ホームページを見ると次のとおりです。http://www.pmo.gov.il/PMOEng/Communication/IsraelUnderAttack/attlist.html(場所の名前をクリックすると、詳細が表わされます)
 2006年11月21日 1人
 2007年5月21日 1人
    5月27日 1人
 2008年2月27日 1人
    5月12日 1人
    計 5人  
このほか迫撃砲により2004年から2008年12月までに2人が死亡しているということです。また同時期の負傷者数は、同じイスラエル首相官邸のホームページでは1人でした。特筆すべきは、イスラエル空爆までの半年間に、ハマスのロケット弾による死者は1人も出ていないということです。

ロケット攻撃がイスラエル人にとって恐怖でないと言うつもりはありませんが、それを記事にするなら、大勢の犠牲者を出し続けたイスラエルのミサイルや砲撃、爆弾にパレスチナ人がどれほどの恐怖を抱いてきたかについても言及すべきでしょう。パレスチナ人446人が殺害されているときにイスラエルのロケット被害が5人であった情報を得ることは困難ではありません。イスラエル首相官邸のホームページを見ればいいのですから。それなのにハマスのロケット攻撃がイスラエルをガザ全面攻撃に踏み切らせたと解説するのは正しいのでしょうか。パレスチナ側に千人近い犠牲者を出さなければならないほどの被害をイスラエルは受けたと言えるのでしょうか。
「ロケット弾攻撃を繰り返し、イスラエルの攻撃を招いた」という解説、すべてハマスがまいた種、責任はハマスにあるといわんばかりの解説を、大手メディアが行っていいのでしょうか。

さらに言えば、ガザの報道をするときに、そもそもなぜこんな問題が起きたのかを、きちんと解説するメディアが非常に少ないことは、残念です。この間のガザ封鎖がどれほど非人道的なことで、人々はどれほど追い詰められた生活をしていたか、1967年から始まるイスラエルによる占領支配、そしてさらに1948年のイスラエル国家建設とパレスチナ難民発生(アラビア語で「大惨事」を意味するNAKBAという)から問題を説き起こす記事が非常に少ないのにも驚かされます。
ガザの犠牲者たちのことを正しく伝えなければならないメディアが、攻撃する側に追随したと思われても仕方ない報道をし、しかも問題の原因を無視している状態では、情報を受け取る側は、正しい判断ができなくなると思うのです。このような状態では、攻撃による被害者をどのように報じようと、大手メディアはイスラエルの攻撃と殺戮をどこかで後押ししているといわれても仕方がないのではないでしょうか。

ガーディアン紙の報道(2009年1月12日GMT7時49分)によるとパレスチナ人死者は少なくとも884人(うち半分は女性と子ども)、イスラエル人死者は13人(うち市民は3人)となっています。

この文章は、DAYS JAPANブログに掲載するとともに、メディア各社報道部・外信部にファックスさせていただきました。



2009年1月12日
DAYS JAPAN編集長 フォトジャーナリスト
広河隆一
posted by デイズジャパン at 17:27| Comment(25) | ガザ空爆 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月11日

ガザ空爆報道のうそ

「罪を正当化できる罪はない」。友人でイスラエルのテルアビブ大学歴史学教授のシュロモー・サンドが授業で生徒に教えている言葉だ。ホロコーストがあったからといって、他者への抑圧はいっさい正当化されないというのだ。日本もヒロシマがあったからといって、それ以前の中国や朝鮮占領で起こったことを正当化できないのと同様に。
1月6日、ガザの学校がイスラエル軍の攻撃を受け、子どもたちを含む多数の死傷者を出した。これらのガザ空爆と侵攻は、どのように正当化され、国民に支持されてきたのだろうか。イスラエルの言い分は、イスラエルの抹殺をスローガンにするハマスがロケット攻撃を行い、犠牲者を多く出しているというものだ。アメリカを先頭に日本を含む世界のメディアはこれにおおむね同調している。「それにしても犠牲が多すぎるから、お互いに冷静になって停戦を」という論調だ。アメリカはイスラエルとまったく歩調をあわせ「ロケット攻撃というテロが終わる可能性がない限り停戦の必要なし」と言っていた。
しかし一方的にハマスがイスラエル人を殺害しているというのは本当なのか。データはまったく異なる事実を示している。英ガーディアン紙によると2001年からこの12月の「戦争」が始まるまでの間に、ロケットによるイスラエル人の死者は16人だった。一方で06年のハマス政権誕生から08年12月6日までの3年間だけでイスラエル軍の攻撃によるパレスチナ人の死者は446人。そして12月の停戦破棄以降のパレスチナ人の犠牲者は1月8日現在で670人以上(AP通信)。06年からあわせると1116人だ。イスラエル側の死者は01年以来の合計で28人である。この内の4人は味方の誤射で殺されている。イスラエル側を被害者のような、あるいはどっちもどっちという主張をしているメディアに決してだまされてはならない。

広河隆一
posted by デイズジャパン at 17:16| Comment(3) | 編集長便り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月10日

米国上院、イスラエルのハマスとの戦いへの強い支持を表明

ハアレツ紙 2009/1/8 
WATCH: U.S. Senate voices strong support for Israel's Gaza battle against Hamas   http://www.haaretz.com/hasen/spages/1053951.html より抜粋

木曜日、米国上院はガザの対ハマス武装勢力とのイスラエルの戦いへの強い支持を表明した。一方ハマスがイスラエルにこれ以上ロケットを発射することを防ぐ停戦を求めた。委員会は民主党と共和党の指導部がともに押した、強制力のない決議に(声での)投票をおこなうことで合意。「この決議を通す時、米国上院はガザからの攻撃に対して自衛する動かしがたいイスラエルの権利、それにわれわれのイスラエル−パレスチナ和平協議への支持を再確認して、イスラエルとの歴史的絆を強めることになる』 民主党ネバダ州選出ハリー・リード上院議員は投票前に述べた。また、『もしいま、米国にトロントからロケットや迫撃砲が飛んできたらどういうことか、想像してみて欲しい。我が国はどう、対応するだろうか?』とも述べた。下院も類似した決議をとおすだろうと見られている。
この13日間のパレスチナ人の死者は700人。イスラエル人は11人が死亡、うち8人が兵士、そのうち4人は仲間内の誤射によるもの。

(訳:青柳 泉)
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2009年01月09日

国連:イスラエルは避難させたパレスチナ人を爆撃

ガーディアン紙 2009/1/9 Israel shelled Palestinians after evacuating them, UN says http://www.guardian.co.uk/world/2009/jan/09/gaza-palestinians-israel-evacuees-zeitoun より抜粋

国連:イスラエルは避難させたパレスチナ人を爆撃
避難した人で満杯の家での30人の殺害は、ガザでの作戦開始以来「もっとも重大な事件のひとつ」

OCHAが集めた証言によれば、ガザ南西部のゼイトゥーンのある平屋に、110人を避難させたイスラエル軍は、安全のため中に留まるように指示。しかし24時間後、家を爆撃した。避難したいた人のうち、半数が子ども。またOCHAの報告はイスラエル軍が負傷者を運ぶために医療チームが現場に入るのを拒んだとしている。イスラエル軍スポークスマンはAFPニュースに対して「確認の第1段階にあたり我々はこの事故については聞いていない。調査は始めたが、まだ何もわかっていない」と述べた。イスラエルによる軍事作戦開始以来、750人のパレスチナ人が死亡している。ガザの人口の半分は子どもである。パレスチナ自治政府は犠牲者の42%が子どもと述べている。ユニセフは開戦後の10日間で少なくとも100人の子どもと未成年が死亡したと発表。犠牲者数を数えるスタッフを病院に置いている「人権のためのパレスチナセンター」は、160人以上としている。

(訳:青柳 泉)
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イスラエルのAnarchist Against the Wallによるダイ・インの映像

逮捕されるまで3日間続いたそうです。

http://www.youtube.com/watch?v=WpeC7P-2LfU)
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ガザ地区から医師の報告翻訳

以下は中央ヨーロッパ時間の1月6日(火曜)午前9時半にドイツ紙『南ドイツ新聞』の電子版に掲載されたものの翻訳です。インタヴューの正確な日時が不明ですが、内容からしてガザの現地の5日(月曜)の夜中あたりだと思われます。ガザには外国人記者が入れないため、地上戦開始下の病院からの医師の報告として貴重なものと考え翻訳しました。この翻訳は「訳責;梶村太一郎/ベルリン」と明記された上で、どしどし転送して下さって結構です。

原文;http://www.sueddeutsche.de/politik/752/453443/text/
ここではギルベルト医師の写真も掲載されています。

以下翻訳、( )内は訳注。
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(見出し)ガザ地区の市民犠牲者「私たちは次から次へと切断手術を続けている」
(記事リード)イスラエルの地上進攻の開始以来市民の犠牲者の数は急増している。ノルウェー人のマッズ・ギルベルトは、現在ガザ地区に滞在している唯一の西側の(欧米の意味)ふたりの医師のひとり。ギルベルトはドラマチックな報告をした。

インタヴュー;トーマス・アウ゛ェナリウス記者(人物解説)マッズ・ギルベルト(MadsGilbert)61歳、は麻酔医でノルウェーのトロムソ大学教授。彼は新年から同僚の同僚の外科医エリク・フォッセ(ErikFosse)医師とともにガザ市のシーファ(Schifa)病院で手術をしている。ふたりはNorah (原文;Norwegian MedicalSolidarity Organization Norah)の会員である。

【インタヴュー始まり】
南ドイツ新聞(以下SZ);ギルベルト博士、ガザの情況はどうですか。

マッズ・ギルベルト(以下MG);今夕の情況はドラマチック以上のものだ。激しく爆撃されている。この48時間は大変に厳しかった。
ガザ市の野菜市場への攻撃で多数の死傷者が出た。今日病院に運ばれた210人の負傷者の内だけでも35人が救急部門で死亡した。死者の内で18人が9歳以下の子供たちだ。
私たちは次から次へと切断手術を続けている。廊下は切断手術を受けた患者でいっぱいだ。私はすでに手術をいくらしたか数えられない。

SZ;犠牲者のうち子供と女性はどれくらいでしょうか。

MG;今日、私はひとりの子供の手を切断手術した。この子は家族のうち11人を失っている。私たちのところに九ヶ月の赤ん坊がいるが、この子の家族は全員がイスラエルによって殺された。市民の犠牲者の数は急激に増加している。月曜日の晩には死者は540人、負傷者は2550人だった。死者の30パーセントと、負傷者の45パーセントが女性と子供だ。これまでで、子供の死者は117人、負傷者は744人だ。

SZ;救助隊の作業はどんなに危険ですか。

MG;今日は救急車二台が襲撃された。二人の救助隊員が殺されたが、彼らは狙われて攻撃されている。シーファ病院の隣のモスク(イスラム寺院)が空襲された。そのため病院の窓ガラスがすべて割れてしまった。今は外の気温は摂氏7度だから患者全員が震えている。医師や看護人ももちろん同じだが。これら全てが理解を絶することだ。

SZ;病院の職員の情況はどうでしょうか。

MG;ひとつだけ強調したい。この病院には現時点で、医師、看護人、ボランティアが50人いる。私たちは爆撃音を聞きながら、負傷者を満載した車を待っている。私はこれまでに、彼らパレスチナ人の医師たちと助手たちほど献身的な働きをする人間を見たことがない。

SZ;あなたはハマスの戦闘員も治療しますか。

MG;その質問は適切ではない。私たちはここで医師として誰でも治療する。わたしたちはイスラエルの兵士にもそうするだろう。しかし、私は何百人もの患者を診たが、その内でハマスの戦闘員はたったふたりだけだった。

SZ;何が最も緊急に必要でしょうか。

MG;とりあえず緊急なのは、爆撃を停止し、イスラエルが境界の通路を開き、食料と燃料をガザへ運ぶことだ。

SZ;あなた自身は安全ですか。

MG;150万人のパレスチナ人が、この世界最大の牢獄に閉じ込められている。彼らは恐れてはいない。なぜ私たちが恐れるべきだろうか。

SZ;あなたはどのようにしてガザ地区に入り込んだのですか。

MG;私たちは元旦にラファ(Rafah)経由で入って来た。ノルウェー政府がエジプトの指導部に非常に大きな外交圧力を掛けたのだ。そのおかげで入って来れた。私はなぜ他の西側の医師たちが来ないか疑問に思っている。世界はここで何が起こっているかを見ることが出来ない。私たちだけが西側の代理人だ。私たちは、援助すべき医師なのだ。それと同時に私たちは世界中のメディアに電話で情報を伝えなければならない。同僚とここへ来ていらい、私たちは
時間を忘れて働いている。あの音が聴こえますか。また爆撃されている。ここで話しを終わりにしなければなりません。

(インタヴュー終わり。翻訳以上)
「訳責;梶村太一郎/ベルリン」
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本日の朝日新聞「天声人語」(広河隆一)

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本日の朝日新聞「天声人語」はパレスチナについてです。
その中で広河隆一が紹介されています。
どうぞご覧下さい。

※昨日の「NAKBA アーカイブス・パレスチナ完成報告・試写会」は370人の方が参加され、何とかしたいという想いが集結する場となりました。
posted by デイズジャパン at 14:39| Comment(0) | ガザ空爆 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月08日

ガザのフリージャーナリスト、サファ・ジュディさんからの報告

******以下、転載・転送可******
私たちに残された最後のものを守るために
サファ・ジューデー
エレクトロニック・インティファーダ/Live from Palestine
2009年1月5日

1月3日の夜、私たちは悟った。イスラエルの戦争大臣エフード・バラクの言葉に正しいと言えるものがあるとしたら、それは唯一、この侵攻が長いものになるということだ。こちらの時間で午後9時15分、イスラエル軍は3つの地点からガザ地区に入ってきた。F-16が上空から掩護する中、ガザ市の東、そして、北部のジャバリヤとベイト・ラヒヤから、パレスチナの人々が住む地域に戦車隊が進軍してきた。同じ時刻に、ガザ最南端のラファにも、東南から戦車と歩兵部隊が侵入した。ガザ市のミンタル地区には戦車砲と大砲の砲弾が雨あられと襲いかかり、海からもガザ市に向かって戦艦からの一斉砲撃が起こった。ガザ地区全域が包囲され、ミサイルと大砲の猛烈な攻撃が続いた。

多くの住人は、地上侵攻が始まったことさえ気づかず、その間ずっと、イスラエル軍の空爆が激しさを増しただけだと思っていた。ガザ市はこの数日間、停電が続いていて、どの家のラジオも電池が切れかかっていたのだ。すでに1週間以上、ガザ市のほぼ全住民が家に閉じ込められた状態で過ごし、開いている店など1軒もない。ニュースは口伝えで伝わってくる話に頼るしかなく、自家発電装置を持っていて、なおかつ燃料が残っているという幸運な人はごくごくわずかしかいない。このうえなく厳しい、絶望的な状況に置かれたこの今、武器など持っていない一般の人たちに猛烈な爆撃が浴びせられている。地上戦に先立つ8日間、イスラエル軍は、完全に無防備な人々(その4分の3は女性と子供だ)相手に、世界で最も進んだ軍事力を、システマティックに、思う存分ふるいつづけた。気力・体力とも限界に達した状態で、住民たちは、途方もない喪失感と焦燥感にさいなまれながら必死に耐えている。言うまでもなく、18カ月に及ぶ封鎖で、ガザはすでに、これ以上持ちこたえるのもほとんど不可能な状態に追い込まれていた。

この数日間で、私たちは10以上のモスク、聖なる礼拝の場所が爆撃を受けるのをまのあたりにした。ほとんどが、中で人々が祈りを捧げている時のことだった。私たちは、瓦礫の下から子供たちが引きずり出されるのをまのあたりにした。その小さな体の中で折れていない骨はただの1本もないように見えた。私たちは、血まみれの死体と最後の息を引き取る人たちであふれかえっている病院をまのあたりにした。空爆を受けた現場で懸命の蘇生処置を受けている友人たちの姿をTVで見た。何家族もの家族全員がミサイルの一撃で地面もろとも吹き飛ばされるのを見た。私たちの街が、家が、近隣の地域一帯が、とてつもない破壊行為によって、何だったのかもわからない瓦礫の山に変じていくのをまのあたりにしてきた。

これだけのことをやっておきながら、イスラエルは声高に、この攻撃は民間人を対象にしたものではない、これはハマースの政治・軍事部門に対する戦争であると強固に言いつづけている。一方の私たち、ガザの住民は、全員が、およそ人間に耐えられようはずもない恐怖と暴力を一身に受けつづけている。もしかしたら、イスラエル軍は、自分たちが作り出した妄想を真実だと思い込むようになり、その妄想のもとに行動しているのではないか。そんな思いすら浮かびはじめている。

イスラエルは私たちの家に入り込み、私たちの街で私たちを攻撃し、私たちに向けて全開の暴虐さを発揮しつづけている。いったい、私たちは、どう対応するのが当然だと思われているのか?

今、ガザでは、パレスチナのすべての派が一致団結し、持てる限りの戦闘能力を結集して、敵に立ち向かっている。その戦闘能力は、イスラエルの軍事力に比べられるようなものでは到底ない。それでも、彼らの闘いは、私たちに、かつてないほど強く、パレスチナの人々は自分たちのものを守るために最後の最後まで闘うだろうという確信を与えてくれている。抵抗と勇気と愛がパレスチナ人のアイデンティティにとって不可欠のものなのだということを、それは、私たちが耐えている苦難がどれほどのものであろうと、決して変わることはないのだということを、示してくれている。彼らの闘いは私たちの心に力を与えてくれた。私たちが最も必要とする時に、心を支えてくれるものが出現したのだ。

パレスチナ解放人民戦線(PFLP)のアブー・アリー・ムスタファ旅団、イスラーム聖戦運動のアル・クゥドス旅団、ハマースのイッズッディーン・アル・カッサーム旅団、民衆抵抗委員会(PRC)のサラーフッディーン旅団、ファタハのアル・アクサ殉教者旅団、このすべてが結束し、統合されたひとつの最前線部隊として、100パーセントの危険が約束されている中、私たちの街を、私たちの家を守るために闘っている。彼らはみな、みずからの死が無力な子供の死をひとつでも阻むことできるのなら、それなら自分は死んでもかまわないという覚悟ができている。私たちはひとつだ。私たちはこれまで繰り返し繰り返し苛酷な運命を受け入れてきた。しかし、ガザの人たち(その80%は難民だ)は決して皆殺しにされるつもりはない。圧政と強欲に導かれるままによそからやってきた連中に今一度この地から追い立てられるつもりはない。

パレスチナ各派の統一レジスタンス部隊の人員が全部でどれくらいになるのか、いろいろな数字が出されているが、おそらくは数千というところだろう。一方、ガザ地区内・ガザ周囲にいるイスラエル軍は、現時点でおよそ3万3000。明日中には、さらに多くの予備役兵が招集されることになっている。圧倒的な軍事力の差は地上部隊の人員数にとどまらない。イスラエル陸軍はイスラエル海軍とイスラエル空軍に掩護されている。地上部隊には大砲があり、戦車があり、工兵隊があり、諜報機関のサポートがある。イスラエル兵は最新鋭の武器と情報機器を装備している。

一方のパレスチナの戦闘員はと言うと、イスラエルの軍事力に抗して自分自身とガザの人々を守るのに、手作りのロケット砲と最少限・最低レベルの武器で間に合わせなければならないのだ。

この今、攻撃のただ中にあっては、現在の状況を正しく判断することも今後を予測するのも難しい。死んだ人、怪我をした人の数も、私たちが失ったものがどのくらいなのかも把握するのが困難になっている。食べ物や水や暖かさや陽の光といった、生きていくための最低限の必需品が贅沢なものではなかったのがいつのことだったのか、それを思い出すのさえ難しい。今、この時点で機能しているのは、人間としての最低限の本能だけ。愛するものを守りたいという欲求、シェルターを確保したいという欲求、闘う本能、逃げようとする本能。私たちはもう長い間、逃げつづけてきた。ガザは私たちの最後の避難所、今イスラエルと呼ばれているものに取って代わられてしまったのちの、私たちの最後の家だ。このすべてが60年前に起こった。イスラエルは、これ以上、いったい何がほしいというのか。私たちにはもうどこにも行くところはない。イスラエルは、現在ある国際法の条項をことごとく無視してきた。今こそ、私たち自身を守る時、レジスタンスの時だ。
・・・
サファ・ジューデーは、アメリカのストーニー・ブルック大学で学び、修士論文提出資格を得た。2007年9月にガザに戻り、現在はフリージャーナリストとして活動している。

Resisting to protect our own
Safa Joudeh writing from the occupied Gaza Strip, Live from
Palestine, 5 January 2009

原文:http://electronicintifada.net/v2/diaries.shtml

エレクトロニック・インティファーダ:
http://electronicintifada.net/new.shtml

翻訳:山田和子
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2009年01月06日

ガザ空爆―若者のみなさんへ

「報復の連鎖」「暴力の応酬」ではありません!
―抗議すべき相手は、だれか?―

2008年も終わる12月27日午前11時半、世界第4位の軍事力を持つイスラエル軍は、世界一の人口密集地ガザ市に60機のF16戦闘機による無差別爆撃を開始しました。(※ガザは全体でも365平方キロ。札幌市の市街区全体の三分の二程度ですが、ガザ市はさらに151平方キロで札幌市中央区の三倍程度しかありません。ガザ150万人の大半がイスラエルの建国や第3次中東戦争で追放されたり避難してきた人たちです。しかも半数は子どもです。)

ここに第一波100発の爆弾を投下しました。大学、モスク、放送局、病院、警察署、刑務所!、内務省・文化省・首相府ビル、市庁舎、税関、入国管理事務所、慈善協会ビル、UNRWA施設などの目標に95%が命中したといいます。これらは軍事目標ではありません。150万人ガザ市民の生活インフラそのものの破壊です。この空爆はジェット戦闘機に加え地対地ミサイル、無人偵察機、ミサイル搭載のアパッチヘリも動員してすでに4日間も続いています。イスラエルはさらに攻撃をエスカレートさせるため地上軍をガザ周辺に配備しています。パレスチナ人の死者は、おおみそか31日現在で公式発表390名に達し負傷者は1800人を越えたといわれています。

人口密集地に爆弾が投下されミサイルが着弾するとどのようなことになるでしょうか。以下、現地からの速報の一部を並べてみます。「爆撃を受けた場所には死体の山ができていた。映像を見ていると、何人か、まだ生きている若者がいるのがわかった。手を上げる者、頭をもたげる者。でも、彼らもまもなく死んだはずだ。全身が焼けただれ、大半が手足を失っていた。腸がはみ出して垂れ下がっている者もいた。全員がおびただしい血の海に転がっていた。」「ガザで最も大きい2つの大学のすぐ近くにある私の家の前で、ミサイルが、学生たち大勢の若者が集まっている中に撃ち込まれた。学生たちは、標的になりやすいから集団にならないようにと注意されてはいたが、その時は帰宅するためにバスを待っているところだった。7人が死んだ。4人は学生で、3人は近所の子供。レイエス家の少年たちで、とても仲のいい3人だった。これを書いている今、外を通っていく葬列の音が聞こえる。窓から覗いてみると、レイエス家の3人の少年の葬列だった。生きている時、この3人はいつも一緒だった。3人は一緒に死に、そして今また一緒に同じ葬列の中にいる。」「下校途中の高校生の姉妹2人が、空爆を受け死亡。学校から帰る途中の、今は死者・負傷者となった大勢の子供たちが、ハマースの武装メンバーだというのか?」「最初の空爆から30分ほどたったころ、帰宅中の3人の女の子が、通りの少し手前にある警備隊司令本部の前を通りかかった。その時、司令本部にミサイルが撃ち込まれた。少女たちの体はバラバラに引きちぎられ、通りの端から端まで飛び散った。通りにも死体が、腕が、脚が散らばっている。靴をはいている足、はいていない足。ガザ市全域が恐怖とパニックと混乱に包まれている。」「病院の廊下はまるで屠畜場だ。いかなる想像も及ばない、どんなホラー映画もしのぐ光景。床は一面、血の海で、負傷者は壁にもたせかけられたり、死んだ人と隣合わせで床に寝かされたりしている!」

これは大量無差別殺戮、ジェノサイド以外のなにものでもありません。ひとつの社会が丸ごと崩壊しつつあるのです。南京でもアウシュビッツでもヒロシマでもあった光景です。人間を人間として見ない人種差別の考えがなければできることではありません。すでにガザには、食料も電気もガソリンも医薬品も欠乏している状態が1年以上続いています。金融から食料・医薬品にいたるまで封鎖し兵糧攻めにしたあげく無差別に殺戮したのです。

どうしてこんなことを平気でできるのでしょう?何か大きな後ろ盾がなくてはできないことです。じつは、こうしたイスラエルの悪魔のような所業を許し後押ししてきたのは、米欧日の「国際社会」なのです。

今回イスラエルは、「ハマースがイスラエルへの攻撃をやめないから」攻撃したといいます。ハマースは、「イスラエルが軍事占領と不当な経済封鎖をやめないから」攻撃したといいます。イスラエルも悪いが、ハマースも悪い。武力に訴える双方が悪いのでしょうか?若いみなさんは目の前にある現象の背後に、それをもたらした歴史や構造がどのような力関係によって織り成されてきたかを探る努力が必要です。とりわけ力の弱い人々が、彼らは何と闘い何を獲得しようとして闘っているのか、それを注視しなければなりません。

まず「国際社会」は、05年の非常に民主的な選挙で選ばれたハーマス政権を認めませんでした。そしてイスラエルの占領地パレスチナ社会にたいする経済制裁を支持してきました。さらに昨年6月ハマースがガザ地区の実権を握って以来1年半にもおよぶ違法なガザ封鎖(じっさいには2000年以来)による兵糧攻めという集団懲罰を「国際社会」は容認してきました。

軍事占領下に生きるということは、生活の隅々まで軍事支配に干渉されるということです。占領下のパレスチナ人は、たとえ抵抗しなくともフツーの生活を送るのは困難なことなのです。彼らは、口で抵抗したら逮捕され、石で抵抗したら殺されます。さらに土地強奪、家屋破壊、農地破壊、指導者の暗殺・不当逮捕、収監、拷問、強姦、買収などあらゆる手段で占領下の抵抗を日常的に抑圧・弾圧しパレスチナ社会を破壊してきました。

振り返ってみると、建国後の60年間、あるいは軍事占領後の41年間、イスラエルの悪行を「国際社会」は正面から批判・告発・制裁することはほとんどありませんでした。土地と家屋を奪われたままの難民問題、ジュネーブ条約にも違反する入植地の問題、国際司法裁判所からも違法のレッテルを貼られている分離壁の問題、なによりも軍事占領してはならないという国連決議。これら一切をイスラエルは履行することなく国連加盟国であり続け、「国際社会」から本格的な制裁を受けたことが一度もないという特殊な国なのです。第2次大戦後の国際正義は、その多くはイスラエルの存在によって破壊されてきました。

これに対し、軍事占領と闘っているハマースは、貧しい人々のための診療所や学校、病院、職業訓練学校を開設し、この経済封鎖のなかで食糧援助や福祉計画によって民衆を支えてきました。私服を肥やしているファタハの幹部と違って、ハマースの指導者は一般の人々とともにつつましい生活を送ってきました。だからパレスチナ民衆に根強い支持があるのです。イスラエルや欧米の言いなりになり譲歩に譲歩を重ねてきた自治政府とファタハが残してきたものとは、政治腐敗と土地を奪われ虫食い状態にされた西岸地区だったのです。「軍事占領している限りイスラエルを認めない」というハマースは、公正というパレスチナ民族の大義のために闘ってきたといえるのです。

しかし9・11直後のアメリカによって「国際テロ組織」の汚名を着せられ、「国際社会」は「反テロ戦争」の名のもとにハマース=パレスチナ民衆を敵視してイスラエルを何がなんでも支持し続けているのです。イスラエルは国連加盟の国家で国防軍をもっていますが、パレスチナは「国家」さえもありません。不当な軍事支配に対する抵抗運動は、民衆の中から湧き起こるが故に民衆全体を抑圧し弾圧しなければなりません。ですから、イスラエルは建国以来「集団懲罰」という卑劣で野蛮な方法でパレスチナ支配、中東支配を貫いてきました。今回のようなことは、いまに始まったことではないのです。

それに対して、インティファーダなどパレスチナ側の抵抗運動が激しくなるたびに、本来イスラエルが履行しなければならない矛盾の根源に立ち返ることなく、むしろ設定される土俵が「暴力の応酬」「報復の連鎖」という非常に不公正(アンバランス)な対比が世界中で喧伝・利用されてきました。

今回もまた、TV,新聞などのメディア報道はいっせいに「暴力の応酬・報復の連鎖を懸念」と報道し始めました。そればかりでなく、国連事務総長や各国政府、アムネスティやNGO諸団体の声明もおなじく、イスラエルの空爆中止と並行してハマースの迫撃砲攻撃をやめることを要求しています。喧嘩両成敗というわけです。

そこでは明白な非対称があえて不問にされています。死者数が300:1という事実もありますが、武器弾薬の質と量、兵員数と総合兵力を較べてみると1000:1、1万:1と考えてもいいのです。イスラエルが200発以上の核ミサイルを保有していることはここでは除外しても、軍事力の点で比較にならないことは明白なのです。なのにあたかも喧嘩両成敗というロジックが一見成立するような見かけを与えるのは、「不当な軍事占領下の抵抗運動」という冷厳で最重要な事実を捨象しているからなのです。

どうしてこのような意図的な捨象が「国際社会」にまかり通っているのでしょうか?どうしていつも「どっちもどっち」のような錯覚した印象を与えるのでしょうか?それはわれわれをふくめた「国際社会の常識」が不当なイスラエルの軍事占領支配を「いいことだ」と容認しているからなのではないでしょうか。私たちは、イスラエルや米欧政府が信じ込ませようとしているこの奇妙な「国際的常識?」すなわち「反テロ戦争の常識」から解き放たれる時期ではないでしょうか。世界の民衆の切実な声に耳を傾けることなく、この奇妙で野蛮なレトリック(トリック)から解放されることはないでしょう。

今回のような出来事に接すると、まずイスラエルと「国際社会」に抗議し空爆の中止を求めることが必要のようです。すでに日本国内でもパリやロンドンやワシントンでもその声があがっています。さらに私たちにできることはないでしょうか?私たちに身近なところに、抗議し批判すべき相手はいないでしょうか?あなたが考えたことを、家族や友人・知人あるいはメディアの人々に伝えることも大事なコミットメントではないでしょうか?

いま日本は、不況の最中にあっても軍事費を削ることなく日米同盟の絆をいっそう深くし、「戦争をできる国」から「戦争をしたい国」へと転換し、イスラーム世界への軍事進出を虎視眈々と準備しています。「反テロ戦争」は、つまるところイスラーム第三世界への欧米資本主義諸国による支配の強制戦略なのです。イスラエルは欧米が打ち込んだ楔です。イスラエルと闘っているパレスチナ人は、米欧日の「国際社会」が喧伝しているこの「反テロ戦争」の最前線で苦闘しているのです。世界や日本の報道する「暴力の連鎖」という常套句は、この「反テロ戦争」を永続させる標語なのです。私たち自身を縛っているこのレトリックと闘うことが、パレスチナの人々に想いを寄せ、彼ら彼女らの死を無駄にしないことではないでしょうか?

これ以上、最前線で闘っているパレスチナの子どもや若者、女性を見殺しにしてはなりません。これ以上、ガザ市民をいけにえにしてはなりません!

2008年12月31日
パレスチナ連帯・札幌 松元保昭
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TUP速報

http://groups.yahoo.co.jp/group/TUP-Bulletin/

「このMLはアメリカによるイラク戦争をきっかけにして、03年3月に作られました。戦争と平和に関する翻訳記事や重要な情報を、できるだけ早くお知らせする掲示板です。主に、日本では報道されない米英を中心とした情報を翻訳家約40人が、ボランティアで手分けして翻訳し、配信の登録をした人にお届けしています。購読料は無料です。不毛な戦争を一刻でも早く停止し、国際平和が実現することを求めるためのMLです。グループを混乱させる目的での書き込みを避けるために、投稿は管理人グループにしか届きません。配信ご希望のかたは、右上の「参加ボックス」をクリックの上、申し込んでください。 」
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アキバ・オールの手紙

以下、広河隆一に届いたアキバ・オールからの手紙です。


テルアビブでの反戦デモからいま帰宅した。
5000-7000人の参加者のうち7割がユダヤ人、3割がパレスチナ・アラブ人だったと推測されている。
ほとんどがテルアビブの外からバスで来た。デモはラビン・スクエアと映画館の間の the Ibn-Gvirol mile をあるきながら『爆撃を止めて対話を始めろ』『封鎖を終えろ』『シオニズムのために殺し殺されることは拒否する』などのスローガンを叫んだ。約2000人の右翼が『アラブ人に死を』と叫びながらデモ行進を追いかけ襲撃しようとしたが、M16ライフルで武装した警察と軍によって押し戻された。この喧嘩はテレビ局のカメラの興味をひいたので、当局はまずいと思ったのだろう。サハニンでもデモがあり、四万人が参加。うち8割がアラブ人、2割がユダヤ人。右翼ユダヤ人はいなかった。テレビはどのデモも映さないだろう。

新聞はよくても最後に小さく載せるだけだろう。
帰り道、ラジオでイスラエルの戦車がガザに入ったと聴いた。バラクのラジオでの話は、多数の犠牲者が出ることを覚悟するようイスラエル人に対してよびかけることがおもな内容だった。

いろいろな情報を総合すると、侵攻には三つのおもな目的があるようだ。
1) ハマス指導層を殺す、もしくは捕らえること
2)ハマスの兵器を破壊すること
3) イスラエルの書く停戦合意をハマスにのませること

イスラエル政府は今後批難されたくないので『簡単に早くは終わらない』といいつづけているが、私はかれらに長期戦をするつもりはないと思う。オバマが就任する前に手早く作戦を終わらせたいのだ。政府は市民を攻撃しないように努力していると強調している(悪い評判が計画を損なうこともあるため)。作戦がうまく行くかはまた別問題だ。バラクの言葉で古いユダヤの格言を思いだした。『賢い者は利口な者が自らを救い出す状況を避ける』バラクはたいていのイスラエルの指導者のように利口だが、賢くはない。

私はこの不必要な戦争で殺されたすべてのパレスチナ人とイスラエル人の死を嘆いている。悲しい。

(訳:青柳 泉)
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